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カトリック教会きょうかい

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カトリック教かとりっくきょうから転送てんそう
バチカンこく南東なんとうはしにあるカトリック教会きょうかい総本山そうほんざんサン・ピエトロだい聖堂せいどう

カトリック教会きょうかい(カトリックきょうかい、ラテン語らてんご: Ecclesia Catholica)は、ローマ教皇きょうこう最高さいこう指導しどうしゃとしてぜん世界せかいに13おくにん以上いじょう信徒しんとゆうする[1]キリスト教きりすときょう最大さいだい教派きょうは。その中心ちゅうしんローマ司教しきょうせいローマ教皇きょうこうちょう)にくことから、ローマ教会きょうかいローマ・カトリック教会きょうかいともばれる[2]

概要がいよう

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カトリック教会きょうかい自身じしんによる「カトリック」の定義ていぎは、教会きょうかい憲章けんしょう(Lumen Gentium[3])にみられる「使徒しと筆頭ひっとうしゃペトロ後継こうけいしゃ(ローマ教皇きょうこう)と使徒しと後継こうけいしゃたち(司教しきょう)によっておさめられる「唯一ゆいいつの、せいなる、おおやけどう(カトリック)の使徒しとてき教会きょうかい」(ニケア・コンスタンチノープル信条しんじょう)という表現ひょうげんもっともよくあらわされている。1054ねんだいシスマによる東西とうざい教会きょうかい分裂ぶんれつ以前いぜん教会きょうかいで、ニカイア信条しんじょうニカイア・コンスタンティノポリス信条しんじょうおよびカルケドン信条しんじょう信仰しんこうする教会きょうかいアリウスなどの異端いたん対義語たいぎごという意味いみ正統せいとう教義きょうぎともいう)をしてカトリックとぶこともある[ちゅう 1]

「カトリック」という名称めいしょう

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キリスト教きりすときょうしょ教派きょうは成立せいりつ概略がいりゃくあらわがた。さらにこまかい分類ぶんるい方法ほうほう経緯けいいがあり、このはあくまで概略がいりゃくである。

語源ごげん

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カトリック」の語源ごげんギリシアの「カトリケー(καθολική普遍ふへんてき世界せかいてき)」の形容詞けいようし「カトリコス(καθολικος[ちゅう 2]」に由来ゆらいし、ラテン語らてんごでは「カトリクス(Catholicus)」と表記ひょうきされる[4]。この言葉ことばは、成文せいぶんされて現在げんざいまでつたわるものとしては「ニカイア・コンスタンティノポリス信条しんじょう」および「使徒しと信条しんじょう」に典拠てんきょがあり、前者ぜんしゃではラテン語らてんご: unam, sanctam, catholicam et apostolicam Ecclesiam英語えいご: (In) one, holy, catholic and apostolic Church唯一ゆいいつの、せいなる、普遍ふへん使徒しとてき教会きょうかい〔を〕)[ちゅう 3]後者こうしゃではラテン語らてんご: sanctam Ecclesiam catholicamせいなる普遍ふへん教会きょうかい〔を〕)としるされている。

ただし「カトリック」(普遍ふへんてき)を自認じにん自称じしょうするキリスト教きりすときょう教派きょうはほかにもあり(後述こうじゅつ)、「カトリック」の語彙ごい教派きょうはめいにとどまらない概念がいねんすこともある。

カトリック教会きょうかいおしえによれば、教会きょうかいとはたんなる人間にんげんてき組織そしきではなく、やく2000ねんまえパレスチナ誕生たんじょうした初代しょだい教会きょうかい伝統でんとう継続けいぞくする人々ひとびとあつまりというだけでもなく、本質ほんしつてきには「かみからるもの」であるとする[5]

「ローマ・カトリック」以外いがいの「カトリック教会きょうかい

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一般いっぱん名詞めいしとしての「カトリック」

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前述ぜんじゅつのように、1054ねんだいシスマによる東西とうざい教会きょうかい分裂ぶんれつ以前いぜん教会きょうかいで、ニカイア信条しんじょうニカイア・コンスタンティノポリス信条しんじょうおよびカルケドン信条しんじょう信仰しんこうする教会きょうかいして「カトリック」とぶこともある。この場合ばあい現在げんざいのカトリック教会きょうかい正教会せいきょうかい(Orthodox Church)をふくむ。ただし、これはカトリック教会きょうかいがわ見方みかたであって、正教会せいきょうかい東西とうざい教会きょうかい分裂ぶんれつ以前いぜん教会きょうかいして「正教会せいきょうかい」とぶ。

カトリック教会きょうかい東方とうほう正教会せいきょうかいも、東西とうざい教会きょうかい分裂ぶんれつ以前いぜん教会きょうかい直接ちょくせつ正統せいとう後継こうけいしゃ自認じにんしていること、そして「カトリック」も「オーソドックス」もいずれもが東西とうざい教会きょうかい分裂ぶんれつ以前いぜん教会きょうかいにおいても重要じゅうよう概念がいねんであったためにいずれの見解けんかいあやまりではなく、みずからの重視じゅうしする概念がいねん由来ゆらいする教会きょうかいめいほう過去かこ教会きょうかいめいにもてはめるために、このような事象じしょう必然ひつぜんてきしょうじている。

現在げんざいのカトリック教会きょうかい正教会せいきょうかいのいずれもがみずからの「カトリック」(普遍ふへんせい)と「オーソドックス」(ただしいさん)を自覚じかくしており、この2つは排他はいたてき概念がいねんではないことには注意ちゅうい必要ひつようである。

イングランド国教こっきょうかいながれをアングリカン・チャーチひがしアジアでの名称めいしょうせい公会こうかい」は「せいなるおおやけどう教会きょうかい」(えい: Holy Catholic Church)という意味いみであり[6]、その国々くにぐにせい公会こうかいも、おおやけどう(catholic)かつ使徒しと継承けいしょう(apostolic)の教会きょうかい自認じにんしている。また、せい公会こうかい内部ないぶいち傾向けいこうす「ハイ・チャーチ」(こうきょう会派かいは)は、「アングロ・カトリック」(えい: Anglo-Catholicism)ともばれている。

さらに、ネストリウスながれをアッシリア東方とうほう教会きょうかい正式せいしき名称めいしょうは「せいなる使徒しと継承けいしょうおおやけどうのアッシリア東方とうほう教会きょうかい」(えい: Holy Apostolic Catholic Assyrian Church of the East)である[7]

東方とうほう典礼てんれいカトリック教会きょうかい

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東方とうほう教会きょうかい伝統でんとうてき独自どくじ典礼てんれい様式ようしき各地かくち典礼てんれい言語げんごなどのしょ風習ふうしゅう維持いじし、そう大司教だいしきょう: Patriarcha)を首座しゅざとして一定いってい自治じちけんみとめられつつ、ローマ教皇きょうこう首位しゅいけんみとめて教皇きょうこうちょう傘下さんかはいり、教義きょうぎとしてはローマ・カトリック教会きょうかい同一どういつとなった教会きょうかいである東方とうほう典礼てんれいカトリック教会きょうかいしょ教会きょうかいがある。

そのなかには、正教会せいきょうかい(いわゆるギリシャ正教せいきょう)から分離ぶんり帰一きいつしたウクライナ東方とうほうカトリック教会きょうかいメルキト・ギリシャ典礼てんれいカトリック教会きょうかい英語えいごばんなど、カルケドン正教会せいきょうかいながれをコプト典礼てんれいカトリック教会きょうかいなど、さらにレバノン中心ちゅうしんとして信徒しんとゆうたんろん教会きょうかいながれをマロン典礼てんれいカトリック教会きょうかい(マロン)や、ネストリウスながれをカルデア典礼てんれいカトリック教会きょうかいなど、様々さまざま東方とうほう教会きょうかい母体ぼたいとした教会きょうかいがある。

ローマ・カトリック教会きょうかい」とった場合ばあい、これら東方とうほう典礼てんれいカトリック教会きょうかいふくまない、ラテン典礼てんれい英語えいごばん[ちゅう 4]もちいてローマ教皇きょうこうちょう直属ちょくぞくにある狭義きょうぎのカトリック教会きょうかいしてもちいられる。

独立どくりつカトリック教会きょうかい

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ほかにも、「カトリック」を自称じしょう自認じにんしながらローマ教皇きょうこう首位しゅいけんぞくしない教派きょうはは、復古ふっこカトリック教会きょうかいポーランド・カトリック教会きょうかいリベラル・カトリック教会きょうかい中国ちゅうごく天主教てんしゅきょう愛国あいこくかいなど独立どくりつカトリック教会きょうかいしょ教会きょうかいがあり、これらと区別くべつする意味いみでも「ローマ・カトリック教会きょうかい」とばれる。

日本語にほんごでの名称めいしょう

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東方とうほう教会きょうかい正教会せいきょうかいおよび東方とうほうしょ教会きょうかい)と区別くべつするため、カトリック教会きょうかいプロテスタント教会きょうかい総称そうしょうして西方せいほう教会きょうかい場合ばあいもある。そのなかで、最近さいきんはあまりかけないが、日本語にほんご表記ひょうきにおいて、宗教しゅうきょう改革かいかくのちヨーロッパまれたプロテスタント教会きょうかいを「新教しんきょう」、それ以前いぜんから存在そんざいするカトリック教会きょうかいを「旧教きゅうきょう」と用法ようほうもある[8]が、カトリック教会きょうかいがわが「旧教きゅうきょう」を自称じしょうしたことはなく、近年きんねんはあまり使用しようされない。

日本にっぽんではかつてcatholic Churchを「おおやけ教会きょうかい」とやくし、組織そしきめいとして「天主てんしゅこう教会きょうかい」(てんしゅこうきょうかい)、「日本にっぽん天主てんしゅこうきょう教団きょうだん」としょうしていた。これは1884ねん明治めいじ17ねん)から1959ねん昭和しょうわ34ねん)までかみのことを日本にっぽんのカトリック教会きょうかいでは「天主てんしゅ」とんでおしえていたためで、聖堂せいどうを「天主堂てんしゅどう」(れい大浦おおうら天主堂てんしゅどう)、カテキズムを「おおやけきょう要理ようり」とする表現ひょうげん使つかわれたが、大正たいしょうから昭和しょうわ初期しょきにかけてカタカナの「カトリック」をかんした新聞しんぶんしゃ定期ていき刊行かんこうぶつあらわれ、1948ねん昭和しょうわ23ねん以降いこうはカトリック表記ひょうき公的こうてき採用さいようされている[9]

なお、日本語にほんごカソリック表記ひょうきされることもあるが、カトリックをあらわす、ギリシャκαθολικοςθしーたラテン語らてんごCatholicusth部分ぶぶん発音はつおん表記ひょうきちが[10]でしかない。

現在げんざいではカトリック中央ちゅうおう協議きょうぎかい公式こうしき表記ひょうきとしていないので、日本にっぽんのカトリック教会きょうかいがわが「カソリック」という表記ひょうき呼称こしょう使用しようすることは通常つうじょうはない。

歴史れきし

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だい2バチカンこう会議かいぎ1962ねん-1965ねん)は、カトリック教会きょうかいおおきな転換てんかんをもたらした。従来じゅうらい、ローマ・カトリック教会きょうかい東方とうほう典礼てんれいカトリック教会きょうかいのぞく)では典礼てんれい言語げんごとしてラテン語らてんご教会きょうかいラテン語らてんご)しかもちいられなかったが、これ以降いこう各国かっこく典礼てんれいみとめられるようになった。また、ミサ形式けいしきにも変革へんかくがあり、いちれいとしては、従来じゅうらい聖職せいしょくしゃ祭壇さいだんかい会衆かいしゅうけて司式ししきする「背面はいめん司式ししき」であったのが、ひじりたくはさんで会衆かいしゅうって司式ししきする「対面たいめん司式ししき」となった。これらの変革へんかくされた典礼てんれい様式ようしきは、「あたらしいミサ(ノブス・オルド)」とばれる。それ以前いぜん典礼てんれい様式ようしきトリエント・ミサばれ、せいピオじゅうせいかいなどはこれを堅持けんじしている。

教義きょうぎ

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カトリック教会きょうかい独自どくじ教義きょうぎ

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原罪げんざい宿やど

イエス・キリストはは聖母せいぼマリア子供こども宿やどしたとき原罪げんざいきよしめられた、という意味いみではなく、「マリアはその存在そんざい最初さいしょははアンナ胎内たいない宿やどったとき)から原罪げんざいまぬかれていた」という信仰しんこう[ちゅう 5][ちゅう 6]

聖母せいぼ昇天しょうてん

聖母せいぼマリアは、その人生じんせいわりに、肉体にくたいのままで天国てんごくにあげられたという信仰しんこう

煉獄れんごく

かみめぐみとかみとのしたしいまじわりとをたもったままんで、永遠えいえんすくいは保証ほしょうされているものの、天国てんごくよろこびにあずかるために必要ひつようひじりせいるように浄化じょうかきよめ)のくるしみをける人々ひとびとたましいくとされる、天国てんごく地獄じごくあいだ世界せかい

教皇きょうこう首位しゅいけん

ローマ教皇きょうこうは、ぜん世界せかいキリスト教きりすときょう司教しきょうたちのなかで、もっと権威けんいっていて、天国てんごくかぎ[ちゅう 7]いでいるとされる。教会きょうかいそとにいるもの聖霊せいれいめぐみをけられず、もしそこからはなれてしまえば聖霊せいれいめぐみをることができないとされている。一方いっぽうで、「カトリック教会きょうかいえんのない人々ひとびとすくわれないというわけではない」ということを、現代げんだい教皇きょうこうたちはべている。現在げんざい教皇きょうこうフランシスコおよ好感こうかんたれている司祭しさいたちは過去かこのキリストの教義きょうぎきなようにえられるような神様かみさまえる権力けんりょくっているかんがかた普及ふきゅうしつつある。[独自どくじ研究けんきゅう?]

教皇きょうこう不可ふか謬説

ローマ教皇きょうこうが「信仰しんこうおよび道徳どうとくかんする事柄ことがらについて教皇きょうこう(エクス・カテドラ)からおごそかに宣言せんげんする場合ばあい、その決定けってい聖霊せいれいみちびきにもとづくものとなるため、まさしくけっしてあやまりえない」という教義きょうぎのこと。教皇きょうこうピウス12せいの「聖母せいぼ昇天しょうてん」にかんする宣言せんげんには、「もしこれらのことをうたがい、否定ひていする発言はつげんおこなうものはカトリック教会きょうかい信仰しんこうからはなれているとみなされる」とした。だい1バチカンこう会議かいぎ決議けつぎされたこの教義きょうぎ反対はんたいするものは、分離ぶんりして復古ふっこカトリック教会きょうかい結成けっせいした。

教派きょうはにも一部いちぶ類似るいじがあるがとくにカトリック教会きょうかい強調きょうちょうされる教義きょうぎ

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ぜん実体じったい変化へんかせつ

ミサなかせい変化へんかによって、ささげられたパンぶどうしゅぜん実体じったい(the whole substance)が、パンとぶどうしゅという偶有ぐうゆうせい[14]外観がいかん)のみをのこして、イエス・キリストの霊魂れいこん神性しんせいった聖体せいたいせいへと、「真実しんじつに(truly)、実際じっさいに(really)、実体じったいてきに(substantially)」変化へんか(Transsubstantiation)するというせつ[15]

せい変化へんかした聖体せいたいは、ミサちゅうりょうしょく聖体せいたい拝領はいりょう)する以外いがいでも、聖体せいたい賛美さんびしきなどでキリストの臨在をしめすものとして拝礼はいれい対象たいしょうもちいられる。

また、パンまたはぶどうしゅのどちらかの形態けいたい外観がいかん)のみ(単形たんけいしょく)の聖体せいたい拝領はいりょうで、聖体せいたい秘跡ひせきとして有効ゆうこうであるとする。おおくのローマ・カトリック教会きょうかいでは、聖職せいしょくしゃのぞ一般いっぱん信徒しんとはパンのみを拝領はいりょうする。使用しようするパンについて、ローマ・カトリック教会きょうかいでは、専用せんようつくられた酵母こうぼなしの発酵はっこうパン(「ホスチア」とばれるもの)の使用しよう義務ぎむとする。

なお、東方とうほう典礼てんれいカトリック教会きょうかいでは、東方とうほう教会きょうかい正教会せいきょうかい東方とうほうしょ教会きょうかい)の伝統でんとういで、プロスフォラばれる、専用せんようつくられた発酵はっこうパンを使用しようし、みずったぶどうしゅひたして、それをさじですくって拝領はいりょうする。

奇跡きせきがあるというきょうせつ

カトリック教会きょうかいには、公認こうにん公認こうにん、または公認こうにんのあらゆる奇跡きせきがあるとされる。

現代げんだいてき教義きょうぎ意味いみづけ

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カトリック教会きょうかいきょうせつおしえ)は「聖書せいしょひじりつたえ」という言葉ことばであらわされるように、旧約きゅうやく聖書せいしょ新約しんやく聖書せいしょおよびイエス・キリスト使徒しとおしえに由来ゆらいし、教父きょうふたちによって研鑽けんさんされ、おおくの議論ぎろんおおやけ会議かいぎなどによって確立かくりつされてきたものである。使徒しと信条しんじょうおよびニケア・コンスタンチノープル信条しんじょう信条しんじょうとしている[16]とく宗教しゅうきょう改革かいかく以降いこうトリエントこう会議かいぎにおいてカトリック教会きょうかい教義きょうぎ整理せいりされ、さい確認かくにんされた。さらに現代げんだいではだい2バチカンこう会議かいぎでも現代げんだいきる教会きょうかいとして教義きょうぎ意味いみ見直みなおした[ちゅう 8]

教典きょうてん

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カトリック教会きょうかいにおいては、ヒエロニムス以来いらいなんとなく改訂かいていされてきた、ヴルガータばれる後期こうきラテン語らてんごわけ聖書せいしょ公式こうしき聖書せいしょとされてきた。現在げんざい各国かっこく翻訳ほんやくされている。カトリック教会きょうかい聖書せいしょせいてんふくまれるしょ文書ぶんしょ最終さいしゅうてき決定けっていしたおおやけ会議かいぎトリエントこう会議かいぎである。カトリック教会きょうかいせいてんとする旧約きゅうやく聖書せいしょには、ななじゅうにんやく聖書せいしょにはふくまれていたがヘブライマソラ本文ほんぶんふくまれていない文書ぶんしょがある。それらはだいせいてんというかたりされる場合ばあいもあるが、せいてんふくめている。

日本語にほんごやく聖書せいしょにおいても、かつてカトリック教会きょうかいとプロテスタント諸派しょはではことなる翻訳ほんやくによる聖書せいしょもちいてきた。しかし、だい2バチカンこう会議かいぎ以降いこう世界せかいでのカトリックとプロテスタントによる聖書せいしょ共同きょうどう翻訳ほんやくというながれをけて、日本にっぽんでも両者りょうしゃによる共同きょうどう翻訳ほんやく作業さぎょうはじめられた。その成果せいかはじめてかたちになったのが『共同きょうどうやく聖書せいしょ』であり、表記ひょうきなどの問題もんだいてん改善かいぜんしたものが、現在げんざい日本にっぽんのカトリック教会きょうかい公式こうしきもちいられている『しん共同きょうどうやく聖書せいしょ』である。なお、『しん共同きょうどうやく聖書せいしょ』では、上記じょうき旧約きゅうやく聖書せいしょだいせいてん部分ぶぶんを、これをせいてんふくめないプロテスタントなど教派きょうは配慮はいりょして「旧約きゅうやく聖書せいしょ続編ぞくへん」という名称めいしょう掲載けいさいしている。

カトリック教会きょうかいのカテキズム』は教典きょうてんなどの信仰しんこう公式こうしき説明せつめいしょである。

組織そしき

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唯一ゆいいつ教会きょうかい」という世界せかいかん

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カトリック教会きょうかいにおいては、を「唯一ゆいいつ教会きょうかい」だとする世界せかいかんがある[ちゅう 9]。この世界せかいかんは、ちちなるかみとそのみぎするイエス聖母せいぼマリア聖人せいじんたちのとりなし[ちゅう 10]天国てんごくかぎ管理かんりするペトロ、信者しんじゃたちのつど天国てんごくとう構成こうせいされている[ちゅう 11]。こうした世界せかいかんもとづく組織そしき構造こうぞうがペトロの権威けんいぐローマ教皇きょうこうという現実げんじつ人間にんげん中心ちゅうしん展開てんかいされている。

ローマ教皇きょうこう

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現在げんざいのローマ教皇きょうこうフランシスコ

ローマ教皇きょうこうとは、カトリック教会きょうかいそう代表だいひょうしゃで、ぜんカトリック教会きょうかいたっけん統治とうちけんつものである(日本語にほんごでは「法王ほうおう」とばれることもおおいが、カトリック教会きょうかいでの正式せいしき名称めいしょうは「教皇きょうこう」であり、「法王ほうおう」といういいかた日本にっぽんこくにとってのバチカンこく首長しゅちょうあらわ外交がいこう用語ようごでしかない)。ローマ教皇きょうこう使徒しとペトロによる使徒しと後継こうけいしゃであり、現在げんざいはローマにあるバチカン居住きょじゅうする。ローマを首都しゅととするイタリア政府せいふ教皇きょうこうちょう関係かんけいについては「ローマ問題もんだい」「ラテラノ条約じょうやく」を参照さんしょう

枢機卿すうききょうだん

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枢機卿すうききょうだんは、教皇きょうこうちょうはたら高位こうい聖職せいしょくしゃ世界せかい重要じゅうよう司教しきょう司教しきょうたちのなかから教皇きょうこうによって任命にんめいされる。教皇きょうこう選挙せんきょコンクラーヴェ)に参加さんかできるのは80さい未満みまん枢機卿すうききょうである。

司教しきょう

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司教しきょう使徒しとたちの後継こうけいしゃであり、おしえ、ひじりし、統治とうちするつとめをあたえられたものであるとされる。ローマ教皇きょうこうもまた司教しきょう一人ひとりであるが、使徒しとペトロの権能けんのういでいるとみなされ、司教しきょうだんなかにおける特別とくべつ地位ちいみとめられている。なお、東方とうほう教会きょうかいでは「そう主教しゅきょう」や「カトリコス」とばれるもの名誉めいよじょう最高さいこう聖職せいしょくしゃ・かつまたみずからに直属ちょくぞくする教会きょうかい首長しゅちょうであり、さらに主教しゅきょうだい主教しゅきょうなどが各国かっこく教会きょうかい首長しゅちょうとなっている場合ばあいがある。

司教しきょう本来ほんらい職務しょくむは、教区きょうく責任せきにんしゃとして教区きょうくない教会きょうかい統治とうちすることで、キリストの代理だいりしゃとして、司祭しさい助祭じょさい協力きょうりょくつかさまきつとめをたすものとされている[19]通常つうじょう司教しきょう教区きょうく司教しきょう)のほかに、(大司教だいしきょうなど職務しょくむおおい)司教しきょう補佐ほさするために「きょうはたらけ司教しきょう」や「補佐ほさ司教しきょう」が任命にんめいされることがある[20]

司教しきょう会議かいぎについては後述こうじゅつ

司祭しさい助祭じょさい

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司祭しさい助祭じょさい司教しきょう職務しょくむ補助ほじょしている。司祭しさいには、教区きょうくぞくする教区きょうく司祭しさい(かつて「在俗ざいぞく司祭しさい」ともばれた)と、修道しゅうどうかいぞくする修道しゅうどう司祭しさいとがあり、どちらにもぞくさないフリーの司祭しさいというものは存在そんざいしない。

また、教皇きょうこうパウロ6せい時代じだいまで、守門すもん、読師、はらいさむらいさいという下級かきゅう聖職せいしょく下級かきゅうひんきゅう)およびふく助祭じょさいという聖職せいしょく位階いかい存在そんざいしたが、1972ねん8がつ15にち発布はっぷされた自発じはつきょうれい「ミニステリア・クエダム」によって1973ねん廃止はいしされ、現代げんだいでは聖体せいたい奉仕ほうししゃ祭壇さいだん奉仕ほうししゃの2つの「奉仕ほうししょく」にあらためられて、かつてのような聖職せいしょく位階いかいとしてあつかわれることはなくなった[21]

カトリック教会きょうかい聖職せいしょくしゃ司教しきょう司祭しさい助祭じょさい)は、独身どくしん男性だんせいかぎられ、じょかい秘跡ひせきけることでその地位ちいく。

信徒しんと

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カトリック教会きょうかい洗礼せんれいけたもの、または教派きょうはから転籍てんせきしてけんしんけたものは、信徒しんとばれる。

信者しんじゃすう、カトリック信徒しんと分布ぶんぷ

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人口じんこうめるカトリック信徒しんと比率ひりついろくなるほど比率ひりつたかい)

ぜん世界せかい存在そんざいする(洗礼せんれいけた)カトリック信徒しんと総数そうすうは12おくにんのぼるとみられている。カトリック信徒しんと世界中せかいじゅう存在そんざいしているが、とくおおいのはヨーロッパとアメリカ大陸あめりかたいりくである。2000ねん統計とうけいでは、南北なんぼくアメリカに5おく2000まんにん、ヨーロッパに2おく8000まんにんアフリカに1おく3000まんにんアジアに1おく700まんにんオセアニアに800まんにんである[22]

ヨーロッパでカトリック信徒しんとおおいのは「ラテン諸国しょこく」といわれる国々くにぐにフランス、イタリア、スペインポルトガルアンドラモナコサンマリノ該当がいとうする。ラテン諸国しょこくではオーストリアベルギークロアチアチェコハンガリーアイルランドリトアニアマルタポーランドスロバキアスロベニアルクセンブルクリヒテンシュタインである。ドイツオランダスイスおよびきたアイルランドはカトリックとプロテスタントがほぼ同数どうすうである。

アメリカ大陸あめりかたいりくではとく中南米ちゅうなんべい信徒しんとおおく、とくおおいのはメキシコブラジルアルゼンチンコロンビアパラグアイである。歴史れきしてき背景はいけいについては「スペインによるアメリカ大陸あめりかたいりく植民しょくみん」「ポルトガルによるアメリカ大陸あめりかたいりく植民しょくみん」を参照さんしょう

アジアについても同様どうよう理由りゆうで、きゅうスペインりょうフィリピンきゅうポルトガルりょうひがしティモールにカトリック信徒しんとおおい。

活動かつどう

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典礼てんれい年間ねんかん行事ぎょうじ

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ブラジルでのミサにおける教皇きょうこうベネディクト16せい

カトリック教会きょうかい信仰しんこう生活せいかつ中心ちゅうしんにあるのは、聖体せいたい祭儀さいぎミサである。ミサのなか信者しんじゃ聖体せいたい秘跡ひせきける(聖体せいたい拝領はいりょう)。おも日曜日にちようび[ちゅう 12])とまもるべき祝日しゅくじつにミサにあずかることは、信徒しんととしてのつとめであるとされている。

ミサ以外いがい重要じゅうよう典礼てんれい行為こういとしては「ひじりつとむ日課にっか」がげられ、修道院しゅうどういんなどでかならおこなわれている。これは本来ほんらいどきいのり」という意味いみで、いちにちかく時間じかんいのりをささげることでひじりすることが目的もくてきである。日課にっかなかとく重要じゅうようなのは、ラウズとヴェスパ(ヴェスペレ)とばれるあさいのりとばんいのりである。これらにくわえていくつかのいのりがいちにちなかおこなわれる(かつてきゅうろくさんばれた)。それ以外いがい読書どくしょといういのりもあり、そこではいのりとともに、聖書せいしょ朗読ろうどく聖人せいじんでん古典こてんてき著作ちょさくまれる。ひじりつとむ日課にっか中心ちゅうしんとなるのは旧約きゅうやく聖書せいしょ詩編しへんである。

現代げんだいのカトリック教会きょうかいのミサのなかでは、おも教会きょうかい祝日しゅくじつには、福音ふくいんしょ朗読ろうどく福音ふくいん以外いがい聖書せいしょ朗読ろうどくふたつ(おも旧約きゅうやく聖書せいしょ使徒しとしょ)のわせてみっつが朗読ろうどくされる。それ以外いがい平日へいじつのミサでは、福音ふくいんしょ朗読ろうどく福音ふくいん以外いがい聖書せいしょ箇所かしょふたつが朗読ろうどくされる。

秘跡ひせき

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カトリック教会きょうかい伝統でんとうてきに7つの秘跡ひせきサクラメント)をみとめている。秘跡ひせきとは、かみめぐ実際じっさいにもたらす感覚かんかくてきしるしで、イエス・キリストによって制定せいていされ、教会きょうかいゆだねられたものである。下記かき数字すうじは、『カトリック教会きょうかいのカテキズム』(CCC)において説明せつめいがある箇所かしょ項目こうもく番号ばんごうあらわすもので、詳細しょうさいかんしてはかく項目こうもく記述きじゅつあるいは『カトリック教会きょうかいのカテキズム』の該当がいとう箇所かしょ参照さんしょう[23]

信徒しんと役割やくわり

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かみすべてのキリストしゃたいしてきよしせいかうようにとおびかけになった。ひじりせいとはなににもましてかみあいし、かみゆえに人々ひとびとあいし、人々ひとびとつかえることである――とされている。ひじりパウロは、エフェソの初代しょだいのキリストしゃ鍛冶屋かじや店主てんしゅ家事かじ従業じゅうぎょういん料理人りょうりにん労働ろうどうしゃからなる人々ひとびとなど)に、かみは「天地てんち創造そうぞうまえから、わたしたちをあいされ、ご自分じぶんまえせいなるものよごれのないものにしようと」(『エフェソの信徒しんとへの手紙てがみ』1,4)、キリストにおいてわたしたちをおえらびになったと保証ほしょうしている。だい2バチカンこう会議かいぎで、「どのような身分みぶん地位ちいにあっても、すべてのキリストしゃキリスト教きりすときょうてき生活せいかつ完成かんせい完全かんぜんあいいたるようにされている」(バチカンこう会議かいぎ、『教会きょうかい憲章けんしょう』40)とべられた。

このひじりせいへの普遍ふへんてきしの一部いちぶとして、キリストしゃだれでも、人々ひとびとつかえ、人々ひとびとをキリストにちかづけるためにばれている。 いわゆる「霊的れいてき」な仕事しごと従事じゅうじしているひとたちばかりでなく、あらゆるとうなか仕事しごと活動かつどう従事じゅうじしているひとたちが、キリストのおしえをみずからの模範もはん言葉ことばひろげていくようにばれているのです。かみはすべてのキリストしゃが「教会きょうかい使命しめい証人しょうにんきる道具どうぐとなるよう」(『教会きょうかい憲章けんしょう』33)まねいておられる――とされている。

すべての信者しんじゃかみすくいの計画けいかくがどんな時代じだいにも、あらゆる国々くにぐにのあらゆる人々ひとびとにまでとどくようはたらくべき」(『教会きょうかい憲章けんしょう』33)であることを、すべてのカトリック信者しんじゃるべきである。「自分じぶん毎日まいにち活動かつどうを、かみとの一致いっち機会きかいむね到達とうたつ機会きかい人々ひとびとへの奉仕ほうし機会きかい、キリストにおけるかみとのまじわりに人々ひとびとみちび機会きかいなすよう」(『信徒しんとの召命と使命しめい』17)、かみ信徒しんとである男女だんじょをおびになっている。現代げんだい聖人せいじんたちは信徒しんと信仰しんこう生活せいかつ使命しめいかんしてはつぎのようにかたっている:「あなたがキリストをたずね、キリストに出会であい、キリストをあいするように」(きよしホセマリア・エスクリバーみち』382)[25]同様どうよう教皇きょうこうヨハネ・パウロ二世よはねぱうろにせいによると、「信徒しんとひじりせいへのしにづき、なによりもこばむことのできない義務ぎむとしてそれをきなければ」ならない(『信徒しんとの召命と使命しめい』17)。

司教しきょう会議かいぎ

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地域ちいき司教しきょうたちは定期ていきてき会合かいごうひらいて、様々さまざま問題もんだいについて討議とうぎする。これを司教しきょう会議かいぎシノドス)という。シノドスでは典礼てんれいなどの問題もんだいかんしては決議けつぎすることが出来できるが、特定とくてい司教しきょう処遇しょぐうかんしてなどの決議けつぎのためには、ゆう資格しかく司教しきょうの3ぶんの2以上いじょう同意どうい教皇きょうこうちょう裁可さいか必要ひつようとされている。

世界せかい司教しきょう会議かいぎについて、教皇きょうこうフランシスコは2023ねんから構成こうせい運営うんえい方法ほうほう改革かいかくすることをめた。司教しきょう以外いがい教皇きょうこう一般いっぱん信徒しんとなど70にんえらんで半数はんすう女性じょせいとするほか、これとはべつ修道しゅうどうおんな5にん参加さんかし、いずれも投票とうひょうけん行使こうしできる[26]

現代げんだいでは従来じゅうらい聖職せいしょくしゃ至上しじょう主義しゅぎ修正しゅうせいはかられていて、「かみみん教会きょうかいろん」により、すべての信徒しんとがキリストの祭司さいししょくにあずかっていて教会きょうかい宣教せんきょう活動かつどう典礼てんれい活動かつどうつかさまき活動かつどう遂行すいこうするものであるとされている。この信徒しんと使命しめいは「信徒しんと使徒しとしょく」とばれている[27]

おおやけ会議かいぎ

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カトリック教会きょうかいでは、以下いか列挙れっきょした21のおおやけ会議かいぎ特別とくべつ権威けんい付与ふよしている。

おおやけ会議かいぎ位置付いちづけはキリスト教きりすときょうかく教派きょうはによってことなっており、東方とうほう正教会せいきょうかいギリシャ正教せいきょう)では最初さいしょの7つのおおやけ会議かいぎのみをみとめており、東方とうほうしょ教会きょうかいのうちカルケドンでは最初さいしょの3つのみをみとめている。さらにネストリウスしょ教会きょうかいアッシリア東方とうほう教会きょうかいなど)は最初さいしょの2つしかみとめていない。

とくだい2バチカンこう会議かいぎは、現代げんだいのカトリック教会きょうかい方向ほうこうせいおおきくえた重要じゅうようおおやけ会議かいぎだったといえる。このおおやけ会議かいぎにカトリック教会きょうかい典礼てんれい改革かいかくおこない、エキュメニズム推進すいしん目標もくひょうかかげた。カトリック教会きょうかいは、このだい2バチカンこう会議かいぎにおいて「本人ほんにんがわがないままに、キリストの福音ふくいん教会きょうかいらずにいて、なおかつ、誠実せいじつしんってかみもとめ、良心りょうしん命令めいれいとおしてみとめられるかみ意志いしを、恩恵おんけいはたらきのもとに、行動こうどうをもって実践じっせんしようとつとめているひとは、永遠えいえんすくいにたっすることができる」という従来じゅうらいとはことなる見解けんかいしめした[28]

教義きょうぎについての教派きょうはとの関係かんけい

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カトリック教会きょうかいでは、1054ねん正教会せいきょうかいとの分裂ぶんれつ東西とうざい教会きょうかい分裂ぶんれつ)や、それよりもはるかにふるエフェソこう会議かいぎカルケドンこう会議かいぎにおける分裂ぶんれつであっても、実際じっさい分裂ぶんれつ直接ちょくせつ原因げんいんとなったのは、本質ほんしつてきなことではなく些細ささい教義きょうぎ論争ろんそうであるととらえている。それをよくしめすのは、1994ねん11月に発布はっぷされた『キリスト理解りかいにおけるカトリック教会きょうかいとアッシリア東方とうほう教会きょうかい共同きょうどう宣言せんげん英語えいごばん[29]』である。これはカトリック教会きょうかい教皇きょうこうヨハネ・パウロ2せいアッシリア東方とうほう教会きょうかいそう主教しゅきょうマル・ディンハ4せい英語えいごばんあいだ調印ちょういんされた。アッシリア東方とうほう教会きょうかいとカトリック教会きょうかい分裂ぶんれつは、431ねんのエフェソこう会議かいぎあらそわれた「テオトコス論争ろんそう」という聖母せいぼマリア称号しょうごうをめぐる論争ろんそう原因げんいんとなっている。これは「かみはは」と「キリストのはは」という称号しょうごうのどちらがただしいかということが論議ろんぎとなったものである。『共同きょうどう宣言せんげん』では「どちらのかたおな信仰しんこう表明ひょうめいしたものであり、りょう教会きょうかいたがいの典礼てんれい信心しんじん尊重そんちょうする」とべている。

さらにむずかしいのは正教会せいきょうかいとの合同ごうどう問題もんだいである。カトリック教会きょうかいがわでは、カトリック教会きょうかい正教会せいきょうかい合同ごうどうするためには、教義きょうぎ問題もんだいよりもたがいの伝統でんとうかんする問題もんだいおおきな障害しょうがいとなっているとかんがえている。たとえば、ローマ教皇きょうこう首位しゅいけんをどう評価ひょうかするかという問題もんだいや、たがいの典礼てんれい信心しんじんにおける差異さいをどう尊重そんちょうしあうかという問題もんだいになっているとする。一方いっぽう正教会せいきょうかいがわからは、対立たいりつフィリオクェ問題もんだいという基本きほんてき教義きょうぎ不一致ふいっちにあり、首位しゅいけん不可ふか謬権の問題もんだいもたんなる伝統でんとう問題もんだいではなく教義きょうぎじょう問題もんだいとらえている(アメリカ正教会せいきょうかい研究けんきゅうばん新約しんやく聖書せいしょでは、一致いっちおも障害しょうがいを、フィリオクエ問題もんだい教皇きょうこう不可ふか謬権であると指摘してきしている)。また東方とうほうがわからは十字軍じゅうじぐん問題もんだい東方とうほう布教ふきょうなどのカトリックからの姿勢しせいたいする反発はんぱつもある。カトリック教会きょうかいもちいられる「教導きょうどうけん」という言葉ことばは、信徒しんとおしみちび権威けんいのことをしめしている。この権威けんい神学しんがくしゃのものではなく、司教しきょうたちのものである。カトリックの理解りかいでは、人々ひとびとがあるおしえを自分勝手じぶんがって理解りかいするとかなら矛盾むじゅん対立たいりつしょうじることになるとかんがえる。ユダヤじん教育きょういくにおいて、指導しどうしゃトーラーこえしてみながら、おぼえさせるという伝統でんとうがあるが、これはヘブライ文章ぶんしょう母音ぼいん表記ひょうきされていないため、様々さまざまかた可能かのうであったためだが、そこにおいては口伝くでん文章ぶんしょう確定かくていさせる。これがカトリック教会きょうかい聖書せいしょ同様どうようひじりつたえせいなる伝承でんしょう)を尊重そんちょうすることのたとえとしてもちいられる。

カトリック教会きょうかいと、プロテスタントのしょ教会きょうかいとのあいだでの教義きょうぎてき差異さいは、東方とうほう教会きょうかいよりさらにおおきい。プロテスタントは、カトリック教会きょうかい使徒しと本来ほんらいおしえをゆがめてきたとかんがえてきた。一方いっぽうカトリック教会きょうかいがわは、2007ねんの『教会きょうかいろんのいくつかの側面そくめんかんするいにたいする回答かいとう』において「16世紀せいき宗教しゅうきょう改革かいかくからまれたキリスト教きりすときょう共同きょうどうたい(プロテスタント)は、使徒しと継承けいしょうによる司祭しさいしょく秘跡ひせきくため、カトリックのおしえによれば、固有こゆう意味いみで『教会きょうかい』とぶことはできない」としている[30]

他方たほうエキュメニズム教会きょうかい合同ごうどう運動うんどう)の進展しんてん皆無かいむというわけではなく、たとえば日本にっぽん聖書せいしょ協会きょうかいによって1987ねん昭和しょうわ62ねん)に刊行かんこうされた『しん共同きょうどうやく聖書せいしょ』は、日本にっぽんにおけるカトリック関係かんけいしゃとプロテスタント諸派しょは関係かんけいしゃらの共同きょうどう作業さぎょうによって翻訳ほんやくされ編集へんしゅうされたものである(ただししん共同きょうどうやく聖書せいしょ日本にっぽん正教会せいきょうかい参加さんかしていない)。また日本にっぽんにおけるカトリック教会きょうかいでは、2000ねん平成へいせい12ねん)2がつ15にちから日本にっぽんせい公会こうかいおなじ「おもいの」の日本語にほんご翻訳ほんやく使用しようされている[31]

日本にっぽんにおけるカトリック教会きょうかい

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カトリック教会きょうかいへの批判ひはん

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宗教しゅうきょう改革かいかく以来いらい、プロテスタントから、教皇きょうこう首位しゅいけん使徒しと継承けいしょうせいたいして「『聖書せいしょ』の曲解きょっかい根拠こんきょなき伝承でんしょうひじりつたえ)にもとづくもの」と批判ひはんされている。同様どうようにプロテスタントが『聖書せいしょ』に根拠こんきょたないと主張しゅちょうする「秘跡ひせき」や「マリア崇敬すうけい聖人せいじん崇敬すうけい[ちゅう 13]」について批判ひはんける。歴史れきしてきには、カトリック教会きょうかい封建ほうけん領主りょうしゅとして君臨くんりんしたこと、宗教しゅうきょう改革かいかく端緒たんしょひらいたマルティン・ルターによって、せい遺物いぶつ崇敬すうけい贖宥じょう免罪めんざい発行はっこう批判ひはんされたが、対抗たいこう改革かいかくによって中止ちゅうしされた。一方いっぽう改革かいかくなか原理げんり主義しゅぎてき姿勢しせいつよまって「禁書きんしょ目録もくろく」の作成さくせいがなされたが、このようなうごきは学問がくもん自由じゆう言論げんろん自由じゆうもとめる学者がくしゃ衝突しょうとつまねいた。

啓蒙けいもう主義しゅぎものにとっては、カトリック教会きょうかいによる社会しゃかい生活せいかつ支配しはい克服こくふくすべき課題かだいであった。フランス革命かくめいではマクシミリアン・ロベスピエール宗教しゅうきょう廃止はいしし、「理性りせい」(あるいは、「最高さいこう存在そんざい」)にたいする崇拝すうはいをそれまでの宗教しゅうきょうわるものと位置付いちづけ、「理性りせい祭典さいてん」をおこなった。このような過程かていて、カトリック教会きょうかい寛容かんよう政策せいさく転換てんかんし、信徒しんと聖職せいしょくしゃ宗教しゅうきょう祭祀さいし儀式ぎしき列席れっせきすることもみとめられるようになった。しかし、21世紀せいきにおいても(プロテスタントの保守ほしゅてき教会きょうかい同様どうように)胎児たいじふくめた、かけがえのない生命せいめい尊重そんちょうするという崇高すうこう理念りねんもとづき人工じんこう授精じゅせい妊娠にんしん中絶ちゅうぜつ避妊ひにん同性愛どうせいあい(ただし、同性愛どうせいあいてき行為こういきんじられるが、同性愛どうせいあいてきせい志向しこう自体じたい否定ひていされない)、ES細胞さいぼう研究けんきゅうへの反対はんたい姿勢しせいえておらず、このてん批判ひはんされることがある(ただしこれらについては教派きょうはプロライフ関係かんけいしゃにも賛成さんせいするものがおり、賛成さんせいしゃとカトリック教会きょうかい連携れんけいすることもある。いちれいとしてマンハッタン宣言せんげん参照さんしょう)。「妊娠にんしん中絶ちゅうぜつ支持しじしゃには聖体せいたい秘跡ひせき授与じゅよ制限せいげんすべきだ」という教会きょうかい関係かんけいしゃ発言はつげん物議ぶつぎかもしており、一種いっしゅ教条きょうじょう主義しゅぎとも揶揄やゆされている[だれ?]

なお、プロテスタントやせい公会こうかいなかには“教会きょうかいないにおける女性じょせい首位しゅいけん”(女性じょせい聖職せいしょくしゃまたは女性じょせい牧師ぼくし)をみとめる教会きょうかいもあるが、カトリック教会きょうかいでは女性じょせい司祭しさいじょかいされない。教義きょうぎじょう聖職せいしょくしゃになれるのは男性だんせい信者しんじゃかぎられている。フェミニストなかにはこれにたいする批判ひはんおこなものもいるが、カトリック教会きょうかいがわはあくまでも教義きょうぎもとづく制度せいどであるから「女性じょせい蔑視べっし」ではないと説明せつめいしている。また、聖職せいしょくしゃには世俗せぞく権力けんりょく一切いっさい存在そんざいしないので「女性じょせい差別さべつ」とはいがたい、との説明せつめいもあるが、くに地域ちいき組織そしきによっては、聖職せいしょくしゃ世俗せぞくてき権力けんりょく行使こうしかかわったり、その言動げんどう世俗せぞく権力けんりょくおおきな影響えいきょうおよぼしたりするれいもあり、至当しとうとはえない。また、かつては女性じょせい助祭じょさい旧約きゅうやく聖書せいしょ時代じだいには女性じょせい預言よげんしゃ存在そんざいしたこともあり、この制度せいど復活ふっかつすることがないとはえない。

カトリック教会きょうかい影響えいきょうした出来事できごと

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異教徒いきょうとカトリックけんたいする事柄ことがら

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正統せいとう信仰しんこう異端いたん信仰しんこう関連かんれん

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バチカンの国家こっか財政ざいせい管理かんりおこな組織そしきである「宗教しゅうきょう事業じぎょう協会きょうかい」のこと

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  • 2013ねん5月22にち独立どくりつ機関きかんせい財務ざいむ情報じょうほう監視かんしきょくは、2012ねん金融きんゆう取引とりひきにおいて6けんマネーロンダリングうたがいがあると発表はっぴょうした。2013ねん6がつ28にちには、現金げんきん4せんまんユーロやく52おくえん)を申告しんこくでスイスからイタリアにはこぼうとしたとして、スカラーノ司祭しさいイタリア警察けいさつ逮捕たいほされた。2013ねん7がつ1にちには、幹部かんぶ2にん辞任じにんまれた事件じけんがあった。

聖職せいしょくしゃによる児童じどうへの性的せいてき虐待ぎゃくたい問題もんだい

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2002ねん米国べいこくボストン・グローブほうじられたことをきっかけに、孤児こじいん学校がっこう神学校しんがっこうでの神父しんぷによる神学しんがくせいなどの未成年みせいねんしゃふく少年しょうねん少女しょうじょたいする性的せいてき虐待ぎゃくたい事件じけん世界中せかいじゅう発覚はっかくした。おおくの訴訟そしょうこされ、多数たすう聖職せいしょくしゃ失職しっしょくつながった。同時どうじにローマ教皇きょうこうちょうによる度重たびかさなる隠蔽いんぺい問題もんだい聖職せいしょくしゃたいする処分しょぶんあまさもあかるみになり、教皇きょうこう退任たいにんもとめるデモや、バチカンと教皇きょうこう被告ひこくとした訴訟そしょう世界せかい各地かくちきた。近年きんねんにおけるカトリック教会きょうかい評判ひょうばんおおきなしつ落をまねいた。

2010ねん3月、『ニューヨーク・タイムズ』が、ベネディクト16せい自身じしん枢機卿すうききょう在任ざいにん時代じだい司祭しさいによる虐待ぎゃくたい事件じけんをもみしていたという疑惑ぎわくほうじたことにつき教皇きょうこうがわつよ反発はんぱつしたことから、同年どうねん3月28にちには英国えいこく首都しゅとロンドン教皇きょうこう退位たいい要求ようきゅうする抗議こうぎデモがおこなわれた。

また、近年きんねん一部いちぶ聖職せいしょくしゃ児童じどうたいして性的せいてき虐待ぎゃくたいをしていた事実じじつ判明はんめいし、カトリック教会きょうかい一大いちだいスキャンダルに発展はってんしている。

脚注きゃくちゅう

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注釈ちゅうしゃく

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  1. ^ この場合ばあい現在げんざいのカトリック教会きょうかい正教会せいきょうかいふくむ。
  2. ^ 東方とうほう教会きょうかいではこの言葉ことば由来ゆらいして、そう主教しゅきょう首座しゅざ主教しゅきょうなどがつ「カトリコスえい: Catholicos)」という称号しょうごうがある。
  3. ^ 原典げんてん古代こだいギリシア: Εいぷしろんἰς μίαν, ᾱ̔γίαν, καθολικὴνにゅー κかっぱαあるふぁὶ ἀποστολικὴνにゅー Ἐκκλησίαν, ラテン文字もじ: Eis mian, hagian, katholikēn kai apostolikēn Ekklēsian;現代げんだいギリシア: Εις μίαν, αγίαν, καθολικήν κかっぱαあるふぁιいおた αποστολικήν Εκκλησίαν, 発音はつおん [is ˈmian aˈʝian kaθしーたoliˈkin ce apostoliˈkin ekliˈsian]
  4. ^ 西方にしかた典礼てんれいとほぼ同義語どうぎごだい2バチカンこう会議かいぎ1969ねん発布はっぷされた「あたらしいミサ」の導入どうにゅうまで、東方とうほう典礼てんれいカトリック教会きょうかいのぞくローマ・カトリック教会きょうかいは、ミサなどの典礼てんれい世界中せかいじゅうすべラテン語らてんごおこなっていた。
  5. ^ 中世ちゅうせいには「来世らいせさばき」の観念かんねん発達はったつし、最後さいご審判しんぱんえが図像ずぞうには天国てんごく場所ばしょかみ裁判官さいばんかんとしてし、マリアや聖人せいじんたちが仲介ちゅうかいしゃとしてまわりをかこんでいた[11]
  6. ^ かみははという信仰しんこうは、3世紀せいきはじめからアレクサンドリア教父きょうふによっておこなわれている。428ねんネストリオスはこれに反対はんたいし「キリストのはは」とぶべきだととなえて、はげしい論争ろんそうこった[12]
  7. ^ マタイによる福音ふくいんしょ』のだい16しょう18-19せつ箇所かしょにのみてくる、ペトロはイエスより天国てんごく管理人かんりにん任命にんめいされたとされる[13]
  8. ^ これらの教義きょうぎ1992ねんに『カトリック教会きょうかいのカテキズム』(CCC)として教皇きょうこうちょうにより編纂へんさんされ、順次じゅんじ各国かっこく翻訳ほんやくされている。これは、いわゆるローマ・カトリック教会きょうかいだけでなく東方とうほう典礼てんれいカトリック教会きょうかい規範きはんにもなっている。なお、イエズスかいフランシスコかいなどはローマ・カトリック教会きょうかい組織そしき内部ないぶ修道しゅうどうかいであり、教義きょうぎカテキズム)についてはおなじであるため、「イエズス会派かいは」「フランシスコ教団きょうだん」などとんだりプロテスタントのかく教派きょうは同列どうれつあつかったりするのはあやまりである。
  9. ^ 教皇きょうこう#地位ちい権威けんい参照さんしょう
  10. ^ 中世ちゅうせいヨーロッパには「来世らいせさばき」の観念かんねん発達はったつし、最後さいご審判しんぱんえが図像ずぞうには天国てんごく場所ばしょかみ裁判官さいばんかんとしてし、マリアや聖人せいじんたちが仲介ちゅうかいしゃとしてまわりをかこんでいた[17]
  11. ^ マタイによる福音ふくいんしょ』のだい16しょう18-19せつにある「天国てんごくかぎ」の記述きじゅつなかで、ペトロが天国てんごく管理人かんりにんをするところの教会きょうかいを、イエスは「自分じぶん教会きょうかい」とったという記述きじゅつがある[18]
  12. ^ おものミサは、日曜日にちようびだけでなく前日ぜんじつ土曜日どようびよるのミサもふくむ。
  13. ^ カトリック教会きょうかいでは、聖母せいぼマリアやしょ聖人せいじんかみとしてうやまっているわけではないため、「マリア崇拝すうはいとうしょうするのはあやまりである。
  14. ^ ガリレオは、ニコラウス・コペルニクスヨハネス・ケプラーアイザック・ニュートンならび、科学かがく革命かくめい中心ちゅうしん人物じんぶつとされている。

出典しゅってん

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  3. ^ DOGMATIC CONSTITUTION ON THE CHURCH LUMEN GENTIUM The Holy See(バチカン公式こうしきサイト)
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  7. ^ An Introduction to the Christian Orthodox Churches, By John Binns, page 28 [1]
  8. ^ ▶▶カトリックとプロテスタントのちがい◀◀長崎ながさきバプテスト教会きょうかい
  9. ^ はち木谷きたに涼子りょうこ『なんでもわかるキリスト教きりすときょうだい事典じてん』(朝日新聞あさひしんぶん出版しゅっぱん)P58ーP59 ISBN 9784022617217
  10. ^ 小高おだかあつし『よくわかるカトリック-その信仰しんこう魅力みりょく』(きょうぶんかん2002ねん5月15にち)p.10ぺーじ
  11. ^ 岩波いわなみキリスト教きりすときょう辞典じてん』(岩波書店いわなみしょてん)779ぺーじ
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関連かんれん文献ぶんけん

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関連かんれん項目こうもく

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外部がいぶリンク

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