文昭ふみあき皇后こうごう甄氏

甄夫人じん
甄夫人ふじん像ぞう（清きよし代だい）
魏たかし
出生しゅっしょう	光和こうわ5年ねん12月15日にち（ (183-01-26) 183年ねん1月がつ26日にち） 冀州中山ちゅうざん郡ぐん毋極県けん
死去しきょ	黄き初はつ2年ねん6月28日にち（ (221-08-04) 221年ねん8月がつ4日にち（38歳さい没ぼつ）） 冀州鄴城しろ
拼音	Wénzhāo Huánghòu Zhēn Shì
諡号しごう	文昭ふみあき皇后こうごう
氏族しぞく	甄氏
父ちち	甄逸
母はは	張ちょう氏し
夫おっと	袁煕、曹丕
子こ	明あかり帝みかど、東郷とうごう公主こうしゅ

甄夫人じん（しんふじん）は、魏たかしの初代しょだい皇帝こうてい曹丕（文ぶん帝みかど）の妻つま。冀州中山ちゅうざん郡ぐん毋極県けん（現在げんざいの河北かほく省しょう無む極きょく県けん）の出身しゅっしん。父ちちは甄逸。兄あには甄豫・甄儼・甄堯。姉あねは甄姜・甄脱・甄道・甄栄。子こは曹叡（明あきら帝みかど）・東郷とうごう公主こうしゅ。曹叡が即位そくいすると、文昭ふみあき皇后こうごうを追贈ついぞうされた。

生涯しょうがい

父ちちは上うえ蔡県令けんれいで、甄氏は代々だいだい2千せん石せきの高官こうかんの家柄いえがらであった。幼おさなき頃ころから聡明そうめいで、乱世らんせいにあって家族かぞくに慎つつましやかな生活せいかつを説とくなど、謹厳きんげんな性格せいかくの持もち主ぬしであった。

袁煕の妻つまとなり、鄴に留とめ置おかれ、袁紹（袁煕の父ちち）の妻つまである劉りゅう夫人ふじんに仕つかえた。建たて安やすし9年ねん（204年ねん）に曹操そうそうが鄴を攻せめ落おとした時とき、曹丕は真まっ先さきに袁紹の屋敷やしきに乗のり込こんだ、甄氏を見初みそめて自分じぶんの妻つまにしたという。

曹丕の寵愛ちょうあいを受うけ、曹叡（後ごの明あかり帝みかど）と娘むすめの東郷とうごう公主こうしゅ（早世そうせいした）を産うんだ。

しかし、曹丕の寵愛ちょうあいは次第しだいに薄うすれていき、郭かく貴たか嬪（後ごの郭かく皇后こうごう）や李り貴人きじん・陰かげ貴人きじんに移うつっていった。黄き初はつ元年がんねん（220年ねん）、曹丕の即位そくい後ごも皇后こうごうに立たてられなかった。更さらに山陽さんよう公こう劉りゅう協きょう（後こう漢かんの献けんじ帝みかど）の2人ふたりの娘むすめたちが入内じゅだいしたこともあり、悲嘆ひたんした甄夫人じんは文ぶん帝みかどに対たいして恨うらみ言ごとを述のべた。これが文ぶん帝みかどの勘気かんきに触ふれ、同どう2年ねん（221年ねん）6月がつに死しを賜たまわった。

没後ぼつご

甄氏の没後ぼつご、曹叡は一時いちじに平原へいげん侯こうに降格こうかくされ、さらには後継こうけい者しゃとして扱あつかわれることがなかったが、曹丕の病やまいが重じゅう篤あつしになると、皇太子こうたいしに指名しめいされた。曹叡の即位そくい後ご、生前せいぜんに位いの低ひくかった母ははの名誉めいよを回復かいふくして、皇后こうごうを追贈ついぞうし、「その英知えいちによって世よを啓蒙けいもうした」との意味いみをこめて「昭あきら」という諡おくりなを贈おくった。また、母ははの一族いちぞくに厚遇こうぐうを与あたえ、甄家の男子だんしを列侯れっこうに採とり立だてた。太ふとし和わ4年ねん（230年ねん）に改葬かいそうし、朝陽あさひ陵りょうとした。現在げんざいも河南かなん省しょう安陽あんよう市し北関きたのせき区く柏かしわ荘そう鎮霊芝しば村むらに「甄皇后こうごう陵りょう」と呼よばれる高たかさ2mの塚づかが残のこっている。

人物じんぶつ

正史せいしには甄氏の容姿ようしの描写びょうしゃはないが、後世こうせい作つくられた伝説でんせつには洛らく水すいの女神めがみである洛らく嬪のイメージと重かさなるため、一般いっぱん的てきに美人びじん扱あつかいされる（下しも述じゅつ）。小説しょうせつ『三国志さんごくし演義えんぎ』では、「玉たま肌はだ花はな貌（肌はだは玉たまの如ごとく、美貌びぼうは花はなの如ごとし）」の美人びじんとして描えがかれる。

逸話いつわ

• 蛇へびを飼かい、その動うごきを観察かんさつして奇抜きばつな髪型かみがたを作つくった、その髪型かみがたは毎日まいにち変化へんかし、「霊れい蛇へび髻たぶさ」と呼よばれた（『采さい蘭らん雜誌ざっし』）。
• 姑しゅうとの卞夫人じんとの関係かんけいは良好りょうこうであったといわれている。曹操そうそうが孫まご権けんを討伐とうばつする時とき、卞夫人じん・曹丕や曹叡は皆みな従したがったが、甄氏は鄴に留とどまった。大軍たいぐんが還かえると、卞氏は甄氏の顔色かおいろが豊ゆたか盈みつるなのを見みて怪あやしみ、「あなたは子供こどもと別わかれること久ひさしく、顔色かおいろが更さらめて盛さかんなのはどうしてでしょう？」と問とうと、甄氏は「叡あきらは夫人ふじんに随したがっているのだから、私わたしが何なにを憂うれえましょう」と笑わらって答ごたえた。卞氏が病気びょうきになると、甄氏は姑しゅうとの事ことを気き懸かかりに思おもい泣なき続つづけたため、その事ことを知しった卞氏は「何なにと親孝行おやこうこうな娘むすめでしょう」と感嘆かんたんした。
• 曹丕が妻つまの任つとむ氏しを廃はいしようとした時とき、甄氏は 「任つとむ氏しは名門めいもんで、徳とく・容色ようしょくでは私わたし達たちで及およぶ者ものはおりません。どうして放ひ遣やするのです？」 。曹丕は「任つとむ氏しの性せいは短気たんきで婉順ではなく、前後ぜんごに亘わたって私わたしを忿らせること一いち度どではない。だから放ひ遣やするのだ」と言いった。甄氏は 「私わたしが敬けい遇ぐうの恩おんを受うけているのは衆人しゅうじんが知しっており、任つとむ氏しが放出ほうしゅつされれば、必かならずや私わたしに由来ゆらいすると謂いわれましょう。上うえは私心ししんを現あらわしたとの譏そしりを生しょうじる懼れがあり、下したは寵愛ちょうあいを専せんらにしたとの罪つみを受うけましょう。願ねがいわくば重かさねて留意りゅういせんことを！」を固かたく請こうたが、曹丕はき入きいれなかった。
• 甄氏が死しぬ時とき、文ぶん帝みかどは青あおい気きが地ちから立たち昇のぼって天てんまで繋つながるという夢ゆめを見みたので、それを周しゅう宣せんに尋たずねた。それに対たいして周しゅう宣せんは「天下てんかのどこかで高貴こうきな身分みぶんの女性じょせいが、冤罪えんざいのために死しぬことになるでしょう」と答こたえた。この時とき既すでに文ぶん帝みかどは甄氏に死しを賜たまう璽書を使者ししゃに届とどけさせており、これを聞きいた文ぶん帝みかどは後悔こうかいして、その使者ししゃを追おわせたが、結局けっきょく間まに合あわなかったという（『三国志さんごくし』魏ぎ書しょ周しゅう宣伝せんでん）。また『漢かん晋すすむ春秋しゅんじゅう』によれば、甄氏の死後しご、曹丕はその遺体いたいに対たいして、整ととのえられていた髪かみを掻かき乱みだしてその口くちに糠ぬかを詰つめ込こみ、棺桶かんおけにも入いれずに葬ほうむった、としている。
• 後世こうせいにおいて、民間みんかんでは神格しんかく化かされて水仙すいせんの花はな神しんとして祀まつられる。

伝説でんせつ

甄氏に関かんする有名ゆうめいな伝説でんせつは、文ぶん帝みかどの弟おとうと曹植との恋愛れんあい譚たんである。『文選ぶんせん』李り善よし注ちゅうは、曹植の代表だいひょう作さく『洛らく神しん賦ふ』のモデルが甄氏であるとする『感かん甄記』なる物語ものがたりを引用いんようしている。それによれば、曹植は甄氏を思慕しぼしていたが、曹操そうそうの命いのちにより自みずからと一緒いっしょにはなれなかった。甄氏の死後しご、曹植の想おもいを知しっていた文ぶん帝みかどは、甄氏の枕まくらを与あたえて曹植を慰なぐさめた。洛らく水すいの畔ほとりに宿営しゅくえいした曹植が枕まくらを使つかって寝ねていると、夢ゆめに甄氏が現あらわれ曹植に対たいする思慕しぼの念ねんを伝つたえた。曹植は悲喜ひきの念ねんに堪こたえられず、ついに「感かん甄賦」を作つくった。後のちに曹叡が「洛らく神しん賦ふ」と改名かいめいしたという。

しかしこれらの記述きじゅつは全すべて後世こうせいのものであること、またあまりにも俗説ぞくせつのような話はなしであることなどから、創作そうさくの可能かのう性せいが高たかいとされている。

兄あにや姉あねの名なが残のこっているものの、彼女かのじょ自身じしんの名なは記しるされていない。この物語ものがたりは後世こうせい広ひろまり、現在げんざいでも粤劇などの題材だいざいとなっている。これらの劇げきでは、『洛らく神しん賦ふ』に因ちなんで甄氏の名なを「甄宓」･「甄洛」などとしている（「宓」は伏ふく羲氏の女おんなである宓妃のこと。洛らく水すいで溺死できしし、女神めがみになったといわれる）。

曹叡の出生しゅっしょうに関かんして

『三国志さんごくし』魏ぎ書しょ明あきら帝みかど紀きには、明あきら帝みかどが景けい初はつ3年ねん（239年ねん）に36歳さいで崩御ほうぎょしたと記しるされており、逆算ぎゃくさんすると生年せいねんが建けん安やす9年ねん（204年ねん）となることを挙あげ、『三国志さんごくし集しゅう解かい』の著者ちょしゃ盧の弼は、曹叡が文ぶん帝みかどから特とくに冷遇れいぐうされたことなども傍証ぼうしょうに挙あげた上うえで、曹叡の実父じっぷは文ぶん帝みかどではなく、甄氏の前夫ぜんふの袁煕ではないかと主張しゅちょうしている。

この説せつに従したがえば、曹操そうそうが冀州を攻せめ落おとし、曹丕が袁煕の妻つまであった甄氏を略奪りゃくだつした時点じてんで、後ごの曹叡は袁煕の子ことして既すでに世よに生せいを受うけており、曹丕はその子こを（冷遇れいぐうしつつも）養子ようしとして養育よういくした、となる。

ただし一般いっぱんには『三国志さんごくし』魏ぎ書しょ明あきら帝みかど紀きの没ぼつ年齢ねんれいが誤あやまりだと解釈かいしゃくされており、例たとえば『三国志さんごくし』の注釈ちゅうしゃく者しゃ裴松之のは明あかり帝みかどの没ぼつ年齢ねんれいは34が正ただしいと主張しゅちょうしている。この場合ばあい、明あきら帝みかどの父ちちは文ぶん帝みかどで問題もんだいないことになる。