費ひ禕

費ひ禕
成都せいと武たけし侯こう祠ほこらの費ひ禕塑像そぞう
蜀しょく漢かん 大将軍だいしょうぐん・録ろく尚書しょうしょ事ごと・成なり郷きょう侯こう
出生しゅっしょう	生年せいねん不ふ詳しょう 荊州江夏えなつ郡ぐん鄳県
死去しきょ	延のべ熙16年ねん正月しょうがつ（253年ねん2月がつ） 益えき州しゅう広こう漢かん郡ぐん漢かん寿ことぶき県けん
拼音	Fèi Yī
字じ	文ぶん偉えら
諡号しごう	敬けい侯こう
主君しゅくん	劉りゅう備→劉りゅう禅ぜん

費ひ 禕（ひ い）は、中国ちゅうごく後こう漢かん末期まっきから三さん国こく時代じだいの蜀しょく漢かんにかけての政治せいじ家か・武将ぶしょう。字じは文ぶん偉えら。荊州江夏えなつ郡ぐん鄳県の人ひと。同族どうぞくは費ひ伯はく仁ひとし・費ひ観かん。子こは費ひ承うけたまわ・費ひ恭きょう・女子じょし一人ひとり（劉りゅう璿の妻つま）。『三国志さんごくし』蜀しょく書しょに伝つてが立たっている。

蔣琬・董ただし允まことなどとともに蜀しょくの政治せいじを支ささえた人物じんぶつ。諸しょ葛かずら亮あきら・蔣琬・董ただし允まことと共ともに蜀しょくの四よん相そうと称しょうされる。

略歴りゃくれき

父母ちちははを早はやくに亡なくし、一族いちぞくで一いち世代せだい上じょうに当あたる費ひ伯はく仁じんに身みを寄よせた。費ひ伯はく仁じんの姑しゅうとが当時とうじ益えき州しゅう牧まきであった劉りゅう璋あきらの母ははであった。この縁えんで費ひ伯はく仁じんが当時とうじの混乱こんらんの時代じだいにおいて比較的ひかくてき安定あんていしていた益えき州しゅうに呼よばれたため、費ひ禕も義父ぎふの計けいらいで益えき州しゅうへ遊学ゆうがくした。

建たて安やすし19年ねん（214年ねん）、劉りゅう備が益えき州しゅうを支配しはいすると、益えき州しゅうに留とまりその家臣かしんとなった。董ただし允まこと・許もと叔龍と共ともにその盛名せいめいを謳うたわれたという。政治せいじ手腕しゅわんに優すぐれていたため、友人ゆうじんの董ただし允まことと共ともに劉りゅう備の嫡子ちゃくしの劉りゅう禅ぜんの補佐ほさを任まかされて舎人とねり・庶子しょしとなり、劉りゅう禅ぜんが即位そくいすると黄門こうもん侍さむらい郎ろうに任命にんめいされた。劉りゅう璋あきらの外戚がいせきという身分みぶんから諸しょ葛かずら亮あきらにも厚あつく信頼しんらいされ、諸しょ葛かずら亮あきらの命いのちを受うけて呉ごとの交渉こうしょうに向むかった時ときには、孫まご権けんの傍かたわらにいた諸しょ葛かずら恪つとむ・羊ひつじ衜から舌鋒ぜっぽう鋭するどく論争ろんそうを挑いどまれたが、辞儀じぎを乱みださず理りに従したがいつつ答こたえてついに屈こごめせず、孫まご権けんから「君きみは幾許いくばくもしない間あいだに必かならず蜀しょくの中心ちゅうしん人物じんぶつになる」と言いわれ、その性格せいかくと才能さいのうを高たかく評価ひょうかされた。

帰国きこくすると侍さむらい中ちゅうに昇進しょうしんし、その後ご北きた伐きに際さいして、諸しょ葛かずら亮あきらに請こわれ参さん軍ぐんとなった。『出師すいし表ひょう』の中なかで「良りょう実み、志こころざし慮おもんばか忠ちゅう純じゅん」「貞良さだよし死し節ぶし之の臣しん」と諸しょ葛かずら亮あきらに称となえられている。建けん興きょう8年ねん（230年ねん）に中なか護まもる軍ぐんとなり、後のちに司馬しばとなった。その頃ころ、幕営ばくえいでは常つねに魏ぎ延のべと楊儀がいがみ合あい、時ときに魏ぎ延のべが刃はをちらつかせて脅おどし、楊儀が涙なみだを流ながすという事態じたいがあった。費ひ禕はそのようなことがあると常つねに二人ふたりの席せきの間あいだに入はいり、物ものの分別ふんべつを二に人にんに諭さとした。「力ちからがあっても、難むずかしい性格せいかくの二人ふたりが使つかい物ものになったのは、費ひ禕の取とり成なしがあってのことであった」と陳ちん寿ひさしは綴つづっている。一方いっぽうで諸しょ葛かずら亮あきらの死後しご、魏ぎ延のべと楊儀が相次あいついで失脚しっきゃくした際さい、費ひ禕は両方りょうほうの事件じけんに関与かんよした。

その後ごは蔣琬と共ともに蜀しょく漢かんを支ささえ、蔣琬の出世しゅっせに伴ともない代かわって尚書しょうしょ令れいとなった。北きた伐きの再開さいかいを計画けいかくする蔣琬に反対はんたいした。蔣琬の病やまいが重おもくなった延のべ熙6年ねん（243年ねん）には、大将軍だいしょうぐん・録ろく尚書しょうしょ事ごとに昇進しょうしんした。延のべ熙7年ねん（244年ねん）に魏たかしが蜀しょく侵攻しんこうを企くわだてた際さいは、費ひ禕が総そう指揮しきを執とり、王おう平たいらと協力きょうりょくして魏ぎ軍ぐんを破やぶっている（興きょう勢ぜいの役やく）。その後ご、蔣琬が固かたく辞意じいを示しめしていた益えき州しゅう刺史ししも兼任けんにんするようになり、蔣琬の没後ぼつご、延のべ熙11年ねん（248年ねん）より費ひ禕が漢かん中ちゅうに駐屯ちゅうとんし、軍事ぐんじ・国政こくせいの全すべてを担になった。また姜きょう維は、これより前まえの延のべ熙6年ねん（243年ねん）に蔣琬から涼りょう州しゅう刺史ししに任命にんめいされ、延のべ熙10年ねん（247年ねん）には衛まもる将軍しょうぐん・録ろく尚書しょうしょ事ごととなり、費ひ禕に次つぐ存在そんざいとなっていた。姜きょう維は大軍たいぐんを動うごかして北きた伐きを再開さいかいすることを希望きぼうしていたが、費ひ禕は「丞相じょうしょう（諸しょ葛かずら亮あきら）でさえ魏ぎを破やぶれなかったのに、我われらでは到底とうてい無理むりだ」と制せいして多おおくの兵へいを与あたえず、まず内政ないせいの安定あんていを計はかることを第だい一いちとした。

延のべ熙14年ねん（251年ねん）、成都せいとに一いち度ど帰還きかんしたが「都とに宰相さいしょうの位くらいが見当みあたらぬ」という望もち気き者しゃの占うらない断だんを受うけ、冬ふゆには漢かん寿ことぶきに駐屯ちゅうとんしていた。

延のべ熙15年ねん（252年ねん）、大将軍だいしょうぐん府ふの開府かいふが許ゆるされた。

延のべ熙16年ねん正月しょうがつ朔日さくじつ（253年ねん2月がつ16日にち）に漢かん寿ことぶきで宴席えんせきにて、強したたかに酔よった処ところを魏ぎの降くだ将はたである郭かく循に刺さされ、数日すうじつ後ごに死去しきょし、敬けい侯こうと諡おくりなされた。先さきの占うらない断だんは費ひ禕の死しを予言よげんするものであった。

張ちょう嶷は費ひ禕が大将軍だいしょうぐんとなりながら、本性ほんしょうの赴おもむくままに博愛はくあい心しんを示しめし、帰順きじゅんしたばかりの者ものを信用しんようし過すぎるのを見みて、文書ぶんしょを出だしてこれを戒いましめ、次つぎのように述のべていた。

「昔むかし(後こう漢かんの初はじめ)、岑彭は軍兵ぐんびょうを率ひきいながら、来らい歙は節ふし(軍ぐん権けんを示しめす旗はた)を杖つえとしながら、共ともに刺客しかくによって殺害さつがいされました。今いま、明あきら将軍しょうぐん(との)の位くらいは尊たっとく権限けんげんは重おもいのですから、どうか過去かこの出来事できごとを鏡かがみとなさって、少すこしは警戒けいかいなさってください」

死後しご、陳ちん祗が国政こくせいを輔弼ほひつし姜きょう維が軍事ぐんじを主導しゅどうすることとなったが、彼かれの後のちを継つげる人物じんぶつがおらず、また黄き皓あきらの台頭たいとうと連年れんねんの北きた伐きにより、蜀しょく漢かんは衰退すいたいの一途いっとを辿たどることとなった。

広元ひろもと市し昭あきら化か区くの昭あきら化か古城こじょう（かつての葭かや萌もえ関せき）内ないに墓所はかしょが残のこる。地ち級きゅう文物ぶんぶつ保護ほご単位たんい。

人物じんぶつ

費ひ禕伝に引ひかれている『費ひ禕別伝でん』によると、尚書しょうしょ令れい時代じだいの費ひ禕は日々ひびの膨大ぼうだいな政事せいじを過あやまちなくこなしつつも、宴席えんせきや博奕ばくえきなどにも遊あそび呆ほうけていた。しかし、同職どうしょくを引ひき継ついだ董ただし允まことがこれを真似まねようとすると、数日すうじつで仕事しごとが大おおきく遅滞ちたいした。董ただし允まことは「人ひとの能力のうりょくの差さとはこれ程ほどあるものか。私わたしの力ちからは（費ひ禕に）全まったく及およばない。一日中いちにちじゅう仕事しごとをしていても、全まったく余裕よゆうがないではないか」と嘆なげいた。一方いっぽう、私生活しせいかつでの費ひ禕は慎つつしみ深ふかく質素しっそで、家いえに蓄財ちくざいをすることはなかった。

延のべ熙7年ねん（244年ねん）の魏ぎ軍ぐんによる漢かん中ちゅう侵攻しんこうの際さい、出陣しゅつじん直前ちょくぜんに来らい敏さとしが費ひ禕を訪たずねてきて「しばらく君きみと会あえなくなるから、日頃ひごろの囲碁いごの決着けっちゃくをつけておこう」と申もうし出でた。費ひ禕は勝負しょうぶを受うけ、二人ふたりで囲碁いごを打うち始はじめたが、出陣しゅつじんに際さいして周囲しゅういが慌あわただしくなってゆく様子ようすに、来らい敏さとしの方ほうが耐たえられなくなり「君きみを試ためすつもりで勝負しょうぶを申もうし出でたが、この度胸どきょうの据すわり具合ぐあいならば、いざ前線ぜんせんにあっても何なんの心配しんぱいも要いらないだろう」と感嘆かんたんの意いを表あらわした。果はたして費ひ禕が前線ぜんせんに赴おもむき、既定きていの方針ほうしんに従したがって指揮しきを執とったところ、見事みごとに魏ぎ軍ぐんを撃破げきはし退しりぞけたという。

費ひ禕は、諸しょ葛かずら亮あきら死後しごは北きた伐き消極しょうきょく派はの姿勢しせいを明あきらかにし、蔣琬や姜きょう維の軍事ぐんじ行動こうどうに対たいして反対はんたいの姿勢しせいを示しめしている。蔣琬は北きた伐きの計画けいかくするにあたって数すうか月げつにわたって議論ぎろんし費ひ禕を説とき伏ふせたが、尚書しょうしょ令れいとして蔣琬の北きた伐き計画けいかくに積極せっきょく的てきに協力きょうりょくはすることはなかった。さらに蔣琬の病気びょうきが悪化あっかすると、朝廷ちょうていの使者ししゃとして蔣琬に計画けいかく中止ちゅうしを説得せっとくした。蔣琬の病気びょうきのこともあったが、費ひ禕に代表だいひょうされる蜀しょくの朝廷ちょうていの消極しょうきょく性せいは呉ごに疑念ぎねんを起おこさせ、延のべ熙7年ねん（244年ねん）に呉ごの歩ふ騭・朱しゅ然しからは「蜀しょくは魏ぎと通つうじて呉ごを攻せめようとしている」と上表じょうひょうすることとなった。しかし、孫まご権けんがこれを容いれることはなかったため、呉ごとの同盟どうめい関係かんけいに影響えいきょうを与あたえずに済すんだ。また、蔣琬の死後しごは、姜きょう維の軍事ぐんじ行動こうどうに対たいして大おおきな兵力へいりょくを与あたえないなど掣肘せいちゅうを加くわえた。

裴松之のは『劉りゅう禅ぜんは凡下ぼんげの君主くんしゅであり、費ひ禕は中なかどころの才ざいの宰相さいしょうであって、この二人ふたりが生いきようが死しのうが、魏ぎ王朝おうちょうの興亡こうぼうにはまったく関係かんけいがない。』として郭かく循が暗殺あんさつという手段しゅだんに頼たよったことを批判ひはんしている。

伝承でんしょう

武漢ぶかんの代表だいひょう的てきな名所めいしょである黄き鶴づる楼ろう（223年ねん（呉ごの黄き武たけし2年ねん）に建たてられたという）には、費ひ禕が黄色きいろい鶴づるに乗のって飛来ひらいし、ここで休やすんだという伝説でんせつが存在そんざいする。唐とうの閻伯瑾は『黄き鶴づる楼ろう記き』の中なかで『図ず経けい』を引ひいて費ひ禕の飛来ひらいを伝つたえている。

北きた宋そうの『太平たいへい寰宇記き』や賀が鋳いの詩し『黄き鶴づる楼ろう』にも費ひ禕の伝説でんせつが記載きさいされ、一方いっぽうで胡えびす仔この『苕渓漁りょう陰かげ隠かくれ叢くさむら話ばなし』や南みなみ宋そうの張ちょう栻も『南みなみ軒のき集しゅう』巻まき一いち八はちの『黄き鶴づる楼ろう説せつ』においてこれを強つよく否定ひていし、費ひ禕登仙とうせん説せつは北きた宋そうや南みなみ宋そう、明あきらの時代じだいにおいて黄き鶴づる楼ろうに関かんする詩しや議論ぎろんの対象たいしょうとなった。なお、黄き鶴づる楼ろうは三さん国こく時代じだいに関かんする詩し・史書ししょ・地理ちり書しょにおいても名所めいしょとして登場とうじょうすることが多おおく、例たとえば『三国志さんごくし平話へいわ』の「玄げん徳とく黄き鶴づる楼ろう私道しどう」や雑劇ざつげき「劉りゅう玄げん徳とく酔よい走はし黄き鶴づる楼ろう」にも登場とうじょうする。

成都せいとの名所めいしょ、錦江きんこうにかかる万里ばんり橋きょうにも費ひ禕の伝説でんせつが残のこる。費ひ禕が呉くれへの使者ししゃとして赴おもむく際さいに、諸しょ葛かずら亮あきらによる送別そうべつの宴うたげにおいて費ひ禕が「万里ばんりの路みちはこの橋はしより始はじまるのです」と述のべたことによるという（呉ごから蜀しょくへの使者ししゃである張ちょう温あつしが述のべたという説せつもある）。