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太平御覽 : 禮儀部十 - Chinese Text Project
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禮儀れいぎじゅう

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宗廟そうびょう神主かんぬし

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1 宗廟そうびょう神主かんぬし:
宗廟そうびょう

2 宗廟そうびょう神主かんぬし:
えき·萃卦》曰:おうかりゆうびょうかりいたり也。おう以聚いたりゆうびょう也。

3 宗廟そうびょう神主かんぬし:
またきよし》曰:ふう行水ぎょうずいじょうきよし先王せんおう以享于帝,たてびょう

4 宗廟そうびょう神主かんぬし:
尚書しょうしょいっへん》曰:嗚呼ああななせいびょう以觀とく天子てんしりつななびょう有德うとくしゅのりため祖宗そそう,其廟毀,かんとく

5 宗廟そうびょう神主かんぬし:
もう·ぶんおう·綿めん》曰:乃召そら,乃召。俾立しつ,其繩そくじきちぢみばん以載,さくびょう翼翼よくよく

6 宗廟そうびょう神主かんぬし:
また《閟宮》曰:しんびょう奕奕,奚斯所作しょさ

7 宗廟そうびょう神主かんぬし:
またきよしびょう》曰:きよしびょうまつぶんおう也。しゅうこう既成きせいらく邑,あさ諸侯しょこうりつ以祀ぶんおう焉。きよしびょうしゃまつりゆう清明せいめいとくしゃみや也。いい祭文さいぶんおう也。天德てんとく清明せいめいぶんおうぞう焉,まつり而歌此詩也。びょうげん貌也。死者ししゃ精神せいしん不可ふかとく而見,ただし以生たて宮室きゅうしつ貌為みみなりらく邑,ねん于穆きよしびょう,肅雍あらわしょう于,嘆辭也。きよし。肅,けい。雝,そうじょ也。箋云:あらわ光也みつや也。于乎美哉みやしゅうこうまつりきよしびょう也!其禮儀れいぎけい且和,またしょほうゆう光明こうみょうちょとくらい助祭じょさい

8 宗廟そうびょう神主かんぬし:
しゅうあや·はるかんじょう》曰:しょう宗伯そうはくこれしょくてのひら建國けんこく神位しんいみぎ社稷しゃしょくひだり宗廟そうびょう

9 宗廟そうびょう神主かんぬし:
れい·きょくれい》曰:君子くんしはた營宮しつ宗廟そうびょうためさき,廄庫為次ためじ居室きょしつため

10 宗廟そうびょう神主かんぬし:
またきょくれい》曰:といこくくんとしちょう曰能したがえ宗廟そうびょう社稷しゃしょくこと矣;よう曰未のうしたがえ宗廟そうびょう社稷しゃしょくこと也。

11 宗廟そうびょう神主かんぬし:
また王制おうせい》曰:天子てんしななびょう,三昭三穆與太祖之廟而七;諸侯しょこうびょう,二昭二穆與太祖之廟而五;大夫たいふさんびょう,一昭一穆與太祖之廟而三;いちびょう,庶人さい于寢。

12 宗廟そうびょう神主かんぬし:
またれい》曰:れいゆう以多ためとうとしゃ天子てんしななびょう諸侯しょこう大夫たいふさんいち

13 宗廟そうびょう神主かんぬし:
またぶんおう世子せいし》曰:びょうまご祖廟そびょう毀,雖及庶人,かんめと必告,必赴,忘親也。

14 宗廟そうびょう神主かんぬし:
またあかりどう》曰:やまぶし棁,ふくびょうじゅう檐,刮楹,たちきょうはん坫,みことたかし坫康珪,疏屏,天子てんしびょうかざり也。やまぶしこく欂櫨為山いざん也。棁畫侏儒しゅじゅばしらため文也ふみやびょうじゅう也。じゅう檐,うけたまわかべざい也。刮,也。さと,牖屬,いい夾戶まど也。まいしつはちまどためよんたちはん坫,はん爵之坫也。みこととうみことみなみ也。おもんみ兩君りょうくんためこのみすんでけんじはん爵于其上,あやくんみこと于兩楹之あいだ也。たたりこう也。かん讀為亢龍こうりょう亢。へいいいいまおもえ也,こくため雲氣うんきむしじゅう,如今闕上為之ためゆき矣。

15 宗廟そうびょう神主かんぬし:
また雜記ざっき》曰:なるびょうそく釁之,其禮:ほうり宗人むねとおさむおっと、雍人,みな爵弁じゅんころも。雍人舉羊升屋ますや中屋なかや南面なんめん,刲羊りゅう于前,乃降。もん、夾室,みなよう雞。凡宗廟そうびょううつわ,其名しゃなりそく釁之以豭ぶた

16 宗廟そうびょう神主かんぬし:
またまつりほう》曰:天下てんかゆうおう分地ぶんち建國けんこくおけ都立とりつ邑,しつらえびょう、祧、だん、墠、而祭,乃為おや多少たしょうこれすう王立おうりつななびょういちだんいち墠。曰考びょう,曰王こうびょう,曰皇考こうこうびょう,曰顯こうびょう,曰祖こうびょう皆月みなづきさいとおびょうため祧,ゆう祧,とおる嘗乃とめ祧為だんだんため墠,だん墠有禱焉さい禱乃とめ墠曰おに諸侯しょこうりつびょういちだんいち墠。曰考びょう,曰王こうびょう,曰皇考こうこうびょう皆月みなづきさいあらわこうびょうこうびょうとおる嘗乃とめ祧為だんだんため墠,だん墠有禱焉さい禱乃とめ墠為おに大夫たいふりつさんびょうだん。曰考びょう,曰王こうびょう,曰皇考こうこうびょうとおる嘗乃とめあらわこうこうびょうゆう禱焉,ためだんさいだんためおにてきびょういちだん,曰考びょう,曰王こうびょうとおる嘗乃とめあらわかんがえびょうゆう禱焉,ためだんさいだんためおにかんいちびょう,曰考びょうおうこうびょう而祭おうこうためおに。庶士、庶人びょう曰鬼。びょうげん貌也。宗廟そうびょうしゃ先祖せんぞみこと貌也。ももげんちょう也,ちょう上意じょうい也。ふうじょう曰壇,じょ曰墠。《しょ》曰:さんだんどう墠。

17 宗廟そうびょう神主かんぬし:
また中庸ちゅうよう》曰:たけおう纘大おうおうぶんおういとぐちいち戎衣じゅうい而有天下でんかしつ天下でんかあらわめいとうとため天子てんし富有ふゆう四海しかい內。宗廟そうびょうきょう子孫しそん保之やすゆき

18 宗廟そうびょう神主かんぬし:
またまつりほう》曰:天下てんかゆうおう分地ぶんち建國けんこくおけ都立とりつ邑,しつらえびょう、祧、だん、墠而さい

19 宗廟そうびょう神主かんぬし:
ひだりでん·桓公かんこう》曰:そうはなちちとくやめころせあなちち,而殺殤公,召莊こう于鄭而立じりつ,以親てい,以郜だいかなえまいないこうなつよんがつ郜大かなえ于宋。つちのえさるおさめ于太びょう非禮ひれい也。

20 宗廟そうびょう神主かんぬし:
また桓公かんこう》曰:きよしびょう茅屋ぼうおく以茅かざりちょ儉也。きよしびょう肅然しゅくぜんきよしずかしょう

21 宗廟そうびょう神主かんぬし:
また《僖上》曰:ふるええびすはくびょうつみ也。於是てんゆうかくれ慝焉。

22 宗廟そうびょう神主かんぬし:
またぶんおおやけ》曰:たいしつ壞,しょきょう也。

23 宗廟そうびょう神主かんぬし:
またなりこうさんねん》曰:甲子きのえね新宮しんぐうわざわいさんにち哭。せんこう神主かんぬし新入しんにゅうびょういい新宮しんぐうしょさんにち哭」,ぜんとくれい宗廟そうびょうおや神靈しんれいしょ憑,きょ而遇わざわいあい而哭

24 宗廟そうびょう神主かんぬし:
またじょう》曰:ことぶきゆめそつ,臨于しゅうびょうれい也。しゅうびょうぶんおうびょう也。しゅうおおやけぶんおう魯立其廟也。凡諸こう異姓いせい臨于がい同姓どうせい臨于びょう魯為しょひめ,臨于しゅうびょう

25 宗廟そうびょう神主かんぬし:
おおやけひつじでん·ぶんこう》曰:室屋むろや壞。しつしゃなに?魯公びょう也。しゅう公稱こうしょうふとびょう,魯公稱こうしょうしつぐん公稱こうしょうみや

26 宗廟そうびょう神主かんぬし:
こくはりでん·なりこう》曰:新宮しんぐうわざわいさんにち哭。新宮しんぐうしゃ,禰宮也。禰,ちち也。なりこうちちせんこうみや也。

27 宗廟そうびょう神主かんぬし:
こうけい》曰:宗廟そうびょう致敬,忘親也。
また曰:為之ためゆき宗廟そうびょう,以鬼とおるこれむねしゃみこと也。びょうしゃ,貌也。先祖せんぞみこと貌所きょ中宮ちゅうぐうなに?以為人死ひとじに精魂せいこん乎天,形體けいたいぞうそんそくそんそんそくほろびあかりさき祖神そしんひと也。

28 宗廟そうびょう神主かんぬし:
こうけい援神ちぎり》曰:廟所びょうしょ以尊也。

29 宗廟そうびょう神主かんぬし:
論語ろんご·はち佾》曰:いれふとしびょうまいことといある曰:「孰謂鄒人之子ゆきこれい乎。にゅうふとしびょうまいこととい。」聞之曰:「れい也。」

30 宗廟そうびょう神主かんぬし:
いえ》曰:孔子こうしざいひとしけいおおやけづくり焉。左右さゆうしろ曰:「しゅう使いたりげん先王せんおうびょうわざわい。」けいこう曰:「なにおうびょう?」孔子こうし曰:「此必りんおうびょうおっとりんへん文武ぶんぶこれせい,而作玄黃げんこう華麗かれいかざりてん殃其びょう焉。」ゆうごろ左右さゆうほうしょわざわいしゃりんおうびょうけいこう曰:「善哉ぜんざい聖人せいじんさとしひとどお矣。」
また曰:孔子こうし曰:「われ于甘棠,宗廟そうびょうけい也甚矣。おもえ其人,なおあい其樹;みこと其人,必敬其道也みちや。」

31 宗廟そうびょう神主かんぬし:
史記しき》曰:はたはじめすめらぎじゅん隴西北地きたじ雞頭さんかいちゅうおう劭曰:かい中在なかざい安定あんていだかたいらはじめやすしちゅう曰:かい中在なかざい北地きたじさくしんみや渭南。さらいのちしんみやためごくびょうぞうてんきょくびょうどうどおり驪山,さくあまいずみぜん殿しんがり筑甬どう
また曰:高祖こうそくずし群臣ぐんしんみな曰:「高祖こうそおこりほそばちみだれれいぐんこく諸侯しょこうかくだてだか祖廟そびょう,以歲ほこら。及孝めぐみねんおもえ高祖こうそ悲樂沛,以沛みやためだか祖原そはらびょうじょ曰:《光武みつたけおさむ》曰:」じょうさいわいゆたかあい高祖こうそ于原びょう。「骃謂:はらさい也。さきすんでやめたてびょうこんまたはいりついいげん也。

32 宗廟そうびょう神主かんぬし:
漢書かんしょ》曰:めぐみみかどためひがしあさ長樂ながらみや。及間往,すう蹕煩みんさくふくどうかた筑武みなみ。叔孫どおりそうごといん請間曰:「陛下へいかなん筑復どうだかみかど衣冠いかん月出つきでゆうだかびょう子孫しそん奈何いかんじょう宗廟そうびょう道上みちがみこう哉?」めぐみみかど懼曰:「きゅう壞之。」どおり曰:「ひとぬし舉。いまやめさく百姓ひゃくしょうみな知之ともゆきすなお陛下へいかためげんびょう渭北,衣冠いかん月出つきでゆうえきこう宗廟そうびょうだい孝之たかゆきほん。」上乃うえのみことのり有司ゆうし立原たちはらびょうめぐみみかど嘗出ゆう離宮りきゅうつう曰:「いにしえしゃ有春ありはる嘗果,方今ほうこん櫻桃おうとうじゅくけんじすなお陛下へいかいん櫻桃おうとうけんじ宗廟そうびょう。」じょうもとしょはてけんじよし此興。
また曰:ぶんみかどさく顧城びょうふくけん曰:びょうざい長安ながやす城南しろみなみぶんみかどさくかえ顧見じょうおう劭曰:ぶんみかど為之ためゆき制度せいどかいせまわか顧望而成,曰顧じょう。賈誼曰:顧城びょうため天下でんかふとしむねあずかかんきょくある曰地めい也。如淳曰:そん而為びょうわか尚書しょうしょ》「顧命」也。こう祖廟そびょう曰原びょうぶん帝廟ていびょう曰顧じょうびょうけい帝廟ていびょう曰德たけ帝廟ていびょう曰龍ふちあきら帝廟ていびょう徘徊はいかいせんみかどごうさと裎,もと帝廟ていびょう長壽ちょうじゅなり帝廟ていびょう曰成
また曰:うめぶく上書うわがき諫曰:「たけおうかついん下車げしゃそんみかどこれふういん于宋,紹夏于杞,あきらちょさんすべしめせどくゆう也。以姬せい半天ばんてん。遷廟おも于戶,所謂いわゆるそんじん自立じりつ也。
また曰:せんみかど即位そくいみことこうたけびょうためむね所行しょぎょうじゅんかりぐんこくみなりつびょうつげほこら宗廟そうびょうゆうしろづるしゅうきさきにわ,以立宗廟そうびょうつげほこら孝昭たかあきゆうかりしょくしゅう殿どのまえ西河にしかわ筑世宗廟そうびょうかみ光興みつおき于殿つくり有鳥あっとり曰鶴,ぜんあかあおかみひかりまたきょう于房ちゅう,如燭じょう廣川ひろかわ國世くによ宗廟そうびょう殿上てんじょうゆう鍾音,ぼう大開おおひらきよる有光ありみつ殿上てんじょうつきあかり
また曰:おう莽以宗廟そうびょうおさむちょう邯說莽曰:「德盛とくもりしゃぶん縟。むべたかし制度せいどせんしめせうみ內,且令まんせいこれ以復也。」莽乃はくせい天下でんか工匠こうしょうしょ圖畫ずが及吏みん,以義にゅうぜにこく助作すけづくりしゃ,駱驛道路どうろ。壞徹城西じょうさいえんちゅうたてあきらうけたまわひかりつつみ大臺おおだいもうか元宮もとみや及平らく當路とうろ祿ろくかん,凡じゅう餘所よそ其材かわら,以起きゅうびょう

33 宗廟そうびょう神主かんぬし:
帝王ていおう世紀せいき》曰:かんけい帝廟ていびょうめい德陽とくようせん帝廟ていびょうめいさと裎,たけ帝廟ていびょうめいりゅうふかしぶん帝廟ていびょうめい顧成,あきら帝廟ていびょうめい徘徊はいかい

34 宗廟そうびょう神主かんぬし:
ひがしかんかん》曰:中元ちゅうげん元年がんねんじゅうがつきのえさる使つかいそら馮魴つげほこらだか祖廟そびょうりょふとしきさきよろしはいしょく,以薄ふとしきさきはい。遷呂ふとしきさき于園,よんとめさい
また曰:えいはつろくねん皇太后こうたいごうにゅう宗廟そうびょうあずか宗廟そうびょうあずか皇帝こうてい交獻こも,如光れつ皇后こうごう故事こじ
また曰:たてはつよんねんはちがつうえ公卿くぎょうしょそう明德めいとく皇后こうごう在世ざいせいしんびょうすわくらい駁議しめせ東平とうへいけんおうあおあおじょうげん:「ぶんたけせんもとあわせしょくだかびょうみな以后はい先帝せんていしょせいてんほうしつらえちょう。《大雅たいが》曰:『あきら哉來したがえ其祖。』また曰:『愆不忘,りつゆかりきゅうしょう。』明德めいとく皇后こうごうよろしはい孝明たかあき皇帝こうてい。」

35 宗廟そうびょう神主かんぬし:
袁山まつこう漢書かんしょ》曰:天子てんし洛陽らくよう遷都せんと長安ながやすはつ長安ながやす遭赤まゆみだれ宮室きゅうしつ焚盡,おもんみ有高ありだかびょうとげきょ

36 宗廟そうびょう神主かんぬし:
かん雜事ざつじ》曰:光武みつたけ棄天,以再受命じゅめいふくかん祚,さらおこりびょうしょう孝明たかあき臨崩,のこみことのり遵儉,おこりびょう藏主くらぬし于世祖廟そびょう孝章たかあき敢違。きさき遵奉じゅんぽうぞう祖廟そびょう,如孝あかりれい,而園りょうみなおこり孝明たかあきびょう曰顯むね孝章たかあき曰肅むねきさきかかとまえ孝和こうわためきよしそう孝安たかやす曰敬むねこうじゅん曰恭むねこう桓曰むねこん洛陽らくようしょりょうみなみそもちじゅう四氣伏社蠟及四時上飯,ふとしかんおくようぶつえんれいしょくかんてんしょう。其親りょういちしょ宮人みやびとずいまくらたらいすいちんいわお天子てんし正月しょうがつがつきょう畢后,上原うえはらりょう,以次しゅうへん公卿くぎょう百官ひゃっかんみなしたがえ四姓しせいしょうこう諸家しょか,凡與先君せんくんゆうふりかずらしゃ及諸こうおう大夫たいふぐんこくけい吏、匈奴きょうどあさしゃ西にし國侍くにざむらいみなかい尚書しょうしょかんぞく西にしじょざい先帝せんていしんすわきさき大夫たいふけい吏皆とうまえしもうらない其郡こくこく四方しほうあらためことよく先帝せんていたましいかみ聞之也。とげ于親りょうかくたまものけい吏而遣

37 宗廟そうびょう神主かんぬし:
しょ》曰:からしとり有司ゆうしそうづくりびょうたてぶんすめらぎ帝廟ていびょうあずか高祖こうそごうさいおやつき以次毀。特立とくりつたけすめらぎ帝廟ていびょうよんとおるまつためたいばん毀。

38 宗廟そうびょう神主かんぬし:
くれろく·地理ちりこころざし》曰:かい稽有禹廟,はじめすめらぎはいしょくおうろうため太守たいしゅ,黜之。

39 宗廟そうびょう神主かんぬし:
おうかくれすすむしょ》曰:ふとしかんじゅうねんふとしびょうなり,遷神ぬし于新びょうたまもの王公おうこう以下いかいたり司馬しばただし子弟していかんたまものさくびょうしゃ帛。

40 宗廟そうびょう神主かんぬし:
帝王ていおう世紀せいき》曰:かんけい帝廟ていびょうめい德陽とくようせん帝廟ていびょうめいさと裎,たけ帝廟ていびょうめいりゅうふかしぶん帝廟ていびょうめい顧成,あきら帝廟ていびょうめい徘徊はいかい

41 宗廟そうびょう神主かんぬし:
かんすすむあき》曰:たけみかどあらため營太びょうみなみ致荊やま西にしさい華山げさんいしどうばしらじゅう,涂以黃金おうごんちりばめ以百ぶつはま丹青たんせいつづり以珠だま

42 宗廟そうびょう神主かんぬし:
すすむしょ·れいこころざし》曰:たけみかどふとはじめさんねん有司ゆうしそうおけななびょうみことのりよろしけんりついちびょう群臣ぐんしん上古じょうこきよしびょう一宮いちのみやしゅうせいななびょうしゅんうけたまわ堯禪,受終ぶんのりおそれあらためからびょうよし仍舊みやゆうおそれ故事こじ

43 宗廟そうびょう神主かんぬし:
そうしょ·れいこころざし》曰:すすむふとしはじめねん有司ゆうしそう天子てんしななびょうむべ如禮營建。みかどじゅう其役,みことのりよろしけんりついちびょう。於是群臣ぐんしんそう上古じょうこきよしびょう一宮いちのみやとうとどおかみ祗。逮至しゅうしつせいためななびょう,以辨むね祧。聖旨せいしふかひろしとおあと上世じょうせい

44 宗廟そうびょう神主かんぬし:
しょ》曰:たけじょうろくねんがつはた營齊けんじおうびょう議定ぎていしつすうかたちせいけんささえ尚書しょうしょちぇのぼるとう:按《れい》,諸侯しょこうびょうふとしおやびょうよんいまけんじおうためはじめふうきみ便びんふとしすんでどおりざいおやびょうようりつしつ。且帝おうおやびょうまたよんいまよろしよんしつあいだ兩頭りょうとういち頰室,廈頭徘徊はいかい鴟尾しびまた按《れい》,諸侯しょこうびょうどめひらきみなみもん,而二王におうきさき。《祭儀さいぎちゅううん執事しつじしゃれつ于廟東門ひがしもんそとすんで有東うとうもんあきら一門いちもんけんじたけあやすうすんでたかし,備物こととうおもんみよりどころこんびょうむべひらけよんもん,內院南面なんめんひらけさんもんあまり及外いんよんめんみな一門いちもん

45 宗廟そうびょう神主かんぬし:
ひとししょ·れいこころざし》曰:そうゆめふとし曰:「そうしょみかど嘗在ふとしびょうしたがえわがもとめしょくべつためわれほこら。」上乃うえの敕豫あきら王妃おうひ庾氏,四時還青溪宮舊宅處內舍堂,たてまつほこらみかどきさき,牲牢ふくあきらよう家人かじんれい

46 宗廟そうびょう神主かんぬし:
すすむ起居ききょちゅう》曰:たけみかどふと安中あんなかみことのり曰:往者おうしゃ,仍魏きゅうびょうしょりつびょうすんで壅翳あらわ材木ざいもく弱小じゃくしょういたり今中いまなかあいだゆう跌橈患。こんとうおさむりつよろしざいしょふとし仆寺みなみ臨甬どう地形ちけいあらわたかしさら于此營之,おもしゃ典禮てんれい施行しこう

47 宗廟そうびょう神主かんぬし:
すすむしょ》曰:桓玄篡,もん眾曰:「ちん其敗乎?」曹靖たい曰:「かみいかひと怨,しんじつ懼焉。」げん曰:「ひとある怨,かみなんいか?」たい曰:「うつりすすむ宗廟そうびょう,飄泊しょだいすわえまつり及于,此其しょ以怒也。」

48 宗廟そうびょう神主かんぬし:
白虎びゃっこどおり》曰:れい聖王せいおう所以ゆえんせい宗廟そうびょうなに?曰生ことけい鬼神きじん而遠所以ゆえん有屋ありやなに所以ゆえんぞうせいきょ
また曰:しんまて于郊,きみぜっ其祿しゃ,以其祿ろく三分之一與其妻長子,使つかいとくさい宗廟そうびょうたまものかんそくかえたまもの玦則
また曰:王者おうじゃりつ宗廟そうびょうなにえんせい以事けいほろびわかことそんよくりつ宗廟そうびょう而祭,此孝しん所以ゆえんついつぎやしなえ也。

49 宗廟そうびょう神主かんぬし:
しゃくめい》曰:びょう,貌也。先祖せんぞ形貌なりかたち所在しょざい也,しょ寢息ねいき也。

50 宗廟そうびょう神主かんぬし:
さん故事こじ》曰:光武みつたけいたる長安ながやすみや燒盡しょうじん,徙都洛陽らくようじゅう二陵合為高廟,さくじゅうしつふとつねきょういちにんべつ治長はるながやす主知しゅちひとしほこらごといいこうびょう

51 宗廟そうびょう神主かんぬし:
かんたけ故事こじ》曰:せんみかどりつこうたけびょう于河ひがしつげほこらいちにん騎馬きばうま于常じゃく一札いっさつたまものしょうさくはこぶん曰:「なんじ績克なりたまものなんじきんいちきん。」いんゆるがせさつ乃變ためきんいちきん

52 宗廟そうびょう神主かんぬし:
しょくおう本紀ほんぎ》曰:禹生于石ひも,禹母てんたま孕禹,坼副而生禹于涂山,めとつま生子おいごめいけい。于今涂山ゆう禹廟,またため其母りつびょう

53 宗廟そうびょう神主かんぬし:
さん輔黃》曰:おう莽于長安ながやす城南しろみなみさくきゅうびょう
また曰:ふとし上皇じょうこうびょうざい長安ながやすこうがいみなみ

54 宗廟そうびょう神主かんぬし:
ぼく》曰:むかしさんなえ大亂たいらん天命てんめい殛之,あめさんあさりゅうせい于廟。

55 宗廟そうびょう神主かんぬし:
せつえん》曰:まもるまご文子ふみこといおうまご賈曰:「われさきくんびょうしょうほしさら乎?」たい曰:「いにしえ君子くんし以儉ためれいいま君子くんし以大えき。」

56 宗廟そうびょう神主かんぬし:
桓譚《しんろん》曰:おう莽起きゅうびょう,以銅ためばしらいらかたい金銀きんぎん,錯鏤其上。

57 宗廟そうびょう神主かんぬし:
おう嬰《古今ここん通論つうろん》曰:なつ曰世しつ世世せぜ祭祀さいし也。いん曰重じゅうなつためよん霤。しゅう宗廟そうびょうみこと生存せいぞん貌,しめせ不死ふし致之于更。

58 宗廟そうびょう神主かんぬし:
すわえ·てんとい·じょ》曰:こごめげん放逐ほうちく彷徨ほうこう山澤やまさわ仰天ぎょうてん嘆息たんそくすわえゆう先王せんおうびょう公卿くぎょう祠堂しどう圖畫ずが天地てんち山川やまかわ神靈しんれい,琦瑋譎詭,及古けんせい怪物かいぶつ行事ぎょうじしゅうりゅうやめ倦,休息きゅうそく其下,おおせ圖畫ずがいんしょ其壁,しか而問

59 宗廟そうびょう神主かんぬし:
すすむ諸公しょこうさん》曰:おうりょう彭祖,ためかそけしゅう刺史ししひろ洛陽らくようやぶきさきうけたまわせいけんぎょうだい,以宗廟そうびょう焚毀,しつらえだんのぞむまつ七室及功臣配食。

神主かんぬし

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1 神主かんぬし:
れい·きょくれい》曰:措之びょうだておも,曰帝。

2 神主かんぬし:
まただんゆみ》曰:あい斯錄也,敬之たかゆき斯盡其道焉耳。じゅうしゅ道也みちやいんぬしつづりじゅう焉,つづりれん也。いんじんさくしゅ而連其重,かかしょびょう也。しゅうぬし撤重焉。
また曰:曾子とい曰:「ゆうびょうゆうぬしれい也?」孔子こうし曰:「てんにちくに二王におう。嘗禘郊社,とうとじょう未知みち其為れい也。むかししゃひとし桓公かんこう亟舉へいさくにせぬし以行。及反,ぞうしょ祖廟そびょうびょうゆうぬし桓公かんこうはじめ。」

3 神主かんぬし:
れい外傳がいでん》曰:人君じんくんすんでそうこれにちちゅうおそれさいそく作木さくぎしゅ以存しんひつじそう以前いぜんかかじゅう于庭以代ぬし也。びょうぬし用木ようぼくしゃ木落きおとしほんゆう始終しじゅうひとなま也,不死ふしせい于亥また落于ほん也。天子てんしびょうぬしちょうじゃくすん諸侯しょこういちしゃくよんこうあなあなうまたちしょうどおりうるししょ謚號曰神ぬしそうきさき孝子こうししんしょ睹,よう以主其神也。

4 神主かんぬし:
おおやけひつじでん·ぶんこう》曰:ねんちょううしさく僖公ぬしおそれ主用しゅようくわねり主用しゅようぐりさく僖公ぬし不時ふじ也。

5 神主かんぬし:
ひだりでん·そうこう》曰:先君せんくん桓公かんこういのち我先われさきじんてんつかさはじめ祏。桓公かんこうていはじめ受封くん也。そう祏,宗廟そうびょうちゅう藏主くらぬし石室いしむろげんやめため宗廟そうびょうもりしん

6 神主かんぬし:
またぶんこう》曰:そう僖公,なる也作ぬし非禮ひれい也。凡君薨,そつ哭而祔,祔而さくぬしとくまつ于主。ひつぎやめとお孝子こうし思慕しぼみやつこぬしりついくむしろ焉。すすむ嘗禘于廟。

7 神主かんぬし:
また昭五しょうご》曰:使つかいしゅくぬし祏于しゅうびょうつげ于先くん祏,びょうぬし石室いしむろしゅうびょう,厲王びょう也。

8 神主かんぬし:
論語ろんご·はち佾》曰:あいこうといしゃ於宰おさむわがたい曰:「なつきさき以松,いんじん以柏,しゅうじん以栗。」

9 神主かんぬし:
五經ごきょう異義いぎ》曰:謹按:大夫たいふ以石ためぬしれい明文めいぶん大夫たいふあきらきよしとくゆうぬしこん山陽さんよう民俗みんぞくまつゆういしぬし
また曰:《春秋しゅんじゅうひだりでん》曰:徙主せき于周びょうげん宗廟そうびょうゆう郊宗,石室いしむろ所以ゆえんぞうぐりぬし也。おそれぬし所藏しょぞう無明むみょう文也ふみや
また曰:いまおおやけひつじせつきょう大夫たいふゆうみんきみとく禘袷,ついであきらきよしぬし大夫たいふたば帛依しんゆいちがやためくさむら
また曰:《論語ろんご》,あいこうといしゃ于宰おさむわがこたえ:「なつきさき以松,なつじん河東かとう河東かわとうむべ松也まつやいんじん以柏,いんじん亳,むべかしわ也;しゅうじん以栗,しゅうじん灃鎬,灃鎬むべぐり也。」

10 神主かんぬし:
五經ごきょう要義ようぎ》曰:ぬしじょう四方しほう穿ほじ中央ちゅうおう以達四方しほう天子てんしちょうじゃくすん諸侯しょこうちょうじゃくみなこく陲褸也。
また曰:おもしゃかみぞう也。凡虞主用しゅようくわくわなお也,れい其名。ねり主用しゅようぐりぐりしゃけい也,祭禮さいれい其恭。

11 神主かんぬし:
五經ごきょう通義みちよし》曰:諸侯しょこうかい天子てんしのり以方あかりためぬし。覲禮うんあきら也。其形四方しほうろくめんうえげんひがし青南せいなんあか西にししろきたくろほうあきらしゃ上下じょうげ四方しほう神明しんめいぞう也。

12 神主かんぬし:
しゃうけたまわこう漢書かんしょ》曰:あかまゆぼん長安ながやす西入にしいりみぎ扶風。鄧禹いたりちょう安中あんなかこんあきらいけりつしょしょうひとし戒,吉日きちじつ入城にゅうじょう,謁高帝廟ていびょうおさむれい祠祭しさいろうたまもの吏士。よしおさむじゅうみかど神主かんぬし,以故だかびょうろうらい輔守みなみびょうれいくだりきょう兆尹承事桉行掃除諸園陵,ためおけそつ吏奉もり焉。しきたてまつしゅまい京師けいし

13 神主かんぬし:
おうかくれすすむしょ》曰:裔字せんはくちちさとしため公孫こうそんしょはさま,浮海莫知しょおわり。裔以父母ちちはは不知ふち存亡そんぼうしつらえぬし以奉ゆかりはつめい

14 神主かんぬし:
すすむ起居ききょちゅう》曰:こうたけふとしもとじゅうねん,簡文皇帝こうていせんふときさき正號せいごう神主かんぬしうつりびょうつちのえとらくちみことのりうつり神主かんぬしとまぜんきさき鼓吹こすい

15 神主かんぬし:
摯虞《けつうたぐようちゅう》曰:びょうぬしぞう于戶がい西にし墉之ちゅうゆうせきはこめい曰宗祏。いにしえしゃ帝王ていおう出征しゅっせい,于車載しゃさい遷廟しゅ社主しゃしゅ以行。はたかんしゅ也。

16 神主かんぬし:
とうしょ》曰:祔順むね于廟,遷中むね神主かんぬし于夾しつ有司ゆうし以中むねため中興ちゅうこうきみとうひゃくだい遷。おさむしん召史かん蔣武といたけたい曰:「ちゅうむね以弘どう元年がんねん于高むねひつぎぜん即位そくい春秋しゅんじゅうやめたけし矣。及母后ぼこう篡奪,神器じんぎせんうつり。其後よりゆきちょう柬之とうどうはかりごとくに祚再ふく。此蓋どう于反ただしこわとくごうため中興ちゅうこうきみ。凡非わがしつ自我じがふくいい中興ちゅうこうかん光武みつたけすすむもとみかど是也これや自我じがしついんじんふくすすむ孝惠たかえ孝安たかやす是也これや今中いまなかはじめあずかめぐみやすみかどごとどうそく不可ふかため遷主矣。」

17 神主かんぬし:
白虎びゃっこどおり》曰:まつり所以ゆえんしかばねぬしなにほんかみかた孝子こうし以主けいしん
また曰:所以ゆえんおそれ而立じりつぬしなに孝子こうしすんでそう,曰中はんおそれねんおややめぼつかんひつぎやめ悵然ちょうぜん失望しつぼう彷徨ほうこうあいつうしつらえくわぬし以虞,しょ以慰孝子こうししんおそれやす其神。所以ゆえんようくわしゃはじめあずかかみしょうせっさんおう俱以くわ

18 神主かんぬし:
せつぶん》曰:祏,宗廟そうびょうぬし也。《れい》郊宗石室いしむろ。一曰大夫以石為主。したがえしめせしたがえせきせきまたこえ也。

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