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太平御覽 : 文部三 - Chinese Text Project
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文部もんぶさん

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1 :
じょ》曰:ゆうろく焉,いち曰風,曰賦。

2 :
しゃくめい》曰:じき也。敷布しきふ其義,いい也。

3 :
漢書かんしょ》曰:うた而誦いい登高とうこうのう以為大夫たいふげんかんぶつづくりはしざいさとしふかよし以與政事せいじ以列ため大夫たいふ也。春秋しゅんじゅうこれしゅうどうひた壞,聘問えいくだり於列こくがくこれいっざい布衣ふい賢人けんじんしつこころざしさく矣。まごきょう及楚しんこごめはらはなれ讒憂こくみなさく風諭ふうゆ,咸以惻隱そくいん古詩こし義也よしや。其後そうたまから勒,かんきょうまいじょう司馬しばしょう如下及揚くもきおいため侈麗閎衍ぼつ風諭ふうゆよし以揚悔之曰:「詩人しじんうらら以則,じんうらら以淫。如孔もんよう也,のり賈誼のぼりどうあい如入しつ矣。」
また曰:うえれいおう襃與張子はりこ僑等并待みことのりすうしたがえゆうりょうしょさいわいみやかん,輒為頌,だい其高,以差たまもの帛。しゃ以為淫靡いんび不急ふきゅううえ曰:「ゆうはく弈者乎?ためなおけん乎已。だいしゃあずか古詩こし同義どうぎ小者こものべんうらら,如女こうゆうあやぎぬ縠,おとさと裥鄭、まもるこん世俗せぞくなおみな以此娛說耳目じもくなおゆう仁義じんぎ諷諭ふうゆ鳥獸ちょうじゅう草木くさき多聞たもんけん於倡ゆうはく弈遠矣。」
また曰:たけみかど以安しゃせいまいじょう。孽子皋母ため小妻こづまじょうひがし也,皋母肯隨じょうじょういかとめ皋與ははきょとしじゅうなな上書うわがきひねまいじょう之子ゆきこうえとく大喜だいぎ,召入,みことのり使平樂へいらくかん善之よしゆきはいためろう。皋不どおりけいじゅつ談笑だんしょうるい俳倡,ため頌,こう慢戲,以故とく媟黷貴幸たかゆき東方とうほうついたちかく舍人とねりとうたけみかど春秋しゅんじゅうさんじゅうきゅう乃得皇太子こうたいし群臣ぐんしん皋與東方とうほうついたちさく皇太子こうたいしせい》。皋為ぶんやまし,受詔輒成,司馬しばしょう如善ためぶん,而遲,所作しょさしょう
また曰:うえ讀司しょう如《きょ》,善之よしゆき,乃召しょう如。あい如曰:「此乃諸侯しょこうことあしかん。請為天子てんしゆうりょう。」じょうれい尚書しょうしょきゅうひつさつそう如以きょ虛言きょげん也,ためすわえしょう烏有うゆう先生せんせいしゃ烏有うゆう此事也,ためひとしなんほろびおおやけしゃほろびじん也,よく明天子めいてんしよしきょさん人為じんいやめ,以推天子てんし諸侯しょこうえん囿。其卒節儉せっけんいん以諷諫天天子てんしだいせつどきじょうこう神仙しんせんそう如又そう大人おとな》,天子てんしだいえつ飄飄ひょうひょうゆう凌雲りょううんゆう天地てんちあいだ
また曰:ちょうあきらかた大幸だいこうまいうえこうあまいずみ常法じょうほうしたがえざいぞくしゃあいだひょう尾中おちゅうあげゆうもりごとくるま眾,まいりうらら所以ゆえん感動かんどう天地てんちぎゃくりんさんかみ」。またげんへいだまおんな,卻宓,」以微戒齊肅之ごとなりそう天子てんし焉。さきしょく有司ゆうししょう如,さく甚弘うらら溫雅おんが雄心ゆうしんたけしまいさくつねなずらえ以為しき

4 :
こう漢書かんしょ》曰:おう延壽えんじゅぶんかんがえしょうゆう魯國,さく靈光れいこう殿どの》。こう蔡邕またみやつこ此賦,未成みせい,及見延壽えんじゅ所為しょい,甚奇とげ輟翰。
また曰:たかしはくひとししょう文章ぶんしょうあらわめい。賈逵こもたかし,召詣ひがしかん,受詔さくはい蘭臺らんだいれい

5 :
こころざし》曰:ひねおもえおうしょくふとしつね其文曰:「なんじ倩人みみ。」うえ跪曰:「げんためろんしたひつなりへんかた當面とうめんためし。」鄴銅すずめだい新成しんせいふとし悉將諸子しょしとう使つかいかくうえ,援筆りつなりふとし甚異

6 :
くれしょ》曰:ちょう纮作《柟榴まくら》,ちん琳在北見きたみ,以示じん曰:「此吾鄉里きょうり張子はりこつな所作しょさ也。」きさき纮見琳《武庫むこ》、《おうろん》,あずか琳書,嘆美たんび,琳答曰:「仆在河北かほくあずか天下てんかへだた,此間りつしょう文章ぶんしょうえき為雄ためおはく使つかい仆受此過だん其實也。こんけいきょうざい此,足下あしもとあずかぬのざいかれ所謂いわゆるしょうみこだいみこ神氣しんきつき矣。」

7 :
りゃく》曰:卞蘭けんじさんじゅつ太子たいし德美とくみ太子たいしほう曰:「作者さくしゃきょ其辭,受者必當其實。らん此賦あにわれじつ哉?むかしわれおかひさしおういちひねたからかなえなにたけひとし以歌頌,なお受金帛之たまものらんごと雖不りょう義足ぎそくよしみ也。こんたまものうしいちとう。」
また曰:邯鄲かんたんじゅんさくとうつぼ》,そうぶんみかど以為こうたまものせんひき

8 :
すすむしょ》曰:まご綽絕じゅうちょう衡、ひだりおもえうん:「《さん》、《きょう》,六經りくけい鼓吹こすい也。」嘗作《天台山てんだいざん》,致甚こうはつなり以示友人ゆうじん范榮うん:「きょうためし擲地,とうさく金石かねいしこえ也。」さかえ曰:「おそれ此金せき中宮ちゅうぐうしょう。」しかまいいたりけい輒云:「おう我輩わがはい。」
また曰:桓溫よく經緯けいい中國ちゅうごく,以河みなみほぼひらめはたうつり洛陽らくよう朝廷ちょうていかしこぬる敢為かんいこと,而北蕭條しょうじょう人情にんじょう疑懼ぎくまご綽上疏言不可ふか溫見ぬくみ綽表,えつ曰:「致意きょうこうなにひろくんとげはつ》,而知人家じんか國事こくじ耶?」
また曰:顧愷ちょうやすしすすむりょうすずじん也。博學はくがくゆう才氣さいき。嘗為《そう》,なりいいじん曰:「われ嵇康きんしょうしゃ,必當以后しょうのこふか識者しきしゃまたとう以高とうと。」

9 :
そうしょ》曰:しゃそうまれはぐれつかまつため太子たいしちゅう庶子しょしどき南平なべらおう鑠獻あか鸚鵡おうむみかどみことのり群臣ぐんしんため太子たいしひだりまもるりつ袁淑,ぶんかんむり當時とうじさく畢,しめせそう。及見そう,嘆曰:「江東こうとう無我むがきょうとうどくしゅうわがわかきょうまた一時いちじ杰。」とげかくれ其賦。

10 :
はりしょ》曰:ちょうりつためまちみことのり》,そう,甚見しょうしょう敕答曰:「あい如工而不敏ふびんまい皋速而不こうきょういいけん二子於金馬矣。」

11 :
ひねしょ》曰:沈眾なかきょう好學こうがくゆうぶんつかまつはりため太子たいし舍人とねりときたけみかどせいせん,眾因注解ちゅうかいあずかひねぐんしゃけい同時どうじ召見於文德ふみのり殿どのみかどいのち眾竹なりそう敕答曰:「きょう文體ぶんたい翩翩,いいかたじけなしか。」

12 :
きたひとししょ》曰:りゅうひる秀才しゅうさい入京にゅうきょうこうさくだい,乃恨不學ふがくぞくぶんほうふく緝綴げん甚苦つたなせいいちしゅ,以「ろくごうためめいいい絕倫ぜつりんぎん諷不輟。乃嘆曰:「儒者じゅしゃろう而少こう於斯矣。わが讀儒しょ十餘年而答策不第,はじめがく作文さくぶん便びんとく如是にょぜ。」曾以此賦ていおさむおさむいいじん曰:「めいろくごう,其愚やめ甚。及見其賦,褶於めい。」

13 :
とうしょ》曰:よしみぬし簿りゅうともいくちょおもえまき》以刺おおとりかくさむらいろうあじどう嶠見ぶんそう顧而嘆曰:「りくごうこれしょ及也。當今とうぎんぼうようみちつきざい此矣!」
また曰:《文苑ぶんえんでん》:はな遐叔,ぜんぞくぶんあずからんりょうしょう策士さくしともぜんはなおう進士しんしちょ《含元殿どのまんこと策士さくし而賞曰:「《けいぶくこれじょう,《靈光れいこうこれ。」

14 :
こうとうしょ》曰:琪少ひん苦學くがくゆうせい於文あきら宗時むねとき谿父子ふし以文がく知名ちめい於時。琪年じゅうはちそで一軸いちじく謁谿。谿覽驚異きょういたおせくつむかえもんいん《琪調啞鍾》、《ささげとうゆびなんじいい琪曰:「つね患近ねん文士ぶんしみなすうこれ未見みけんだい吾子あごいれだい,偶屬典麗てんれい,吁!かしこ也。」琪由以益知名ちめい也。

15 :
摯虞《文章ぶんしょうりゅうべつろん》曰:しゃじきひねたたえ古詩こしながれ也。前世ぜんせいためしゃゆうまごきょうこごめはらなお頗有いにしえよしいたりそうだまそく多淫たいん浮之びょう矣。すわえぜんしゃ也。揚子ようこしょう莫深於《はなれ騷》,賈誼さくそくこごめげん儔也。

16 :
《禰衡でん》曰:大會たいかい賓客ひんきゃくにんゆうけんじ鸚鵡おうむしゃ舉卮しゅ於衡曰:「すなお先生せんせい,以娛けいまろうど。」衡攬ひつ而作,ぶん加點かてんさい甚麗。

17 :
ぶんこころ雕龍》曰:ゆうろく其二そのじ曰賦。しゃしき也,しきさい摛文,からだぶつうつしこころざし也。むかし公稱こうしょう公卿くぎょうけんじ箴瞽つてうん:「登高とうこうのうため大夫たいふ。」じょそく同義どうぎ傳說でんせつそく異體いたいそう其歸涂,實相じっそうえだみきりゅうむかいあきらうた而頌,はんかたしょう古詩こしこれりゅういたり如鄭そうだい隧》,蒍之きつね裘》,結言けつげんたんいんやめさく,雖合たいあきら而未とおる。及靈ひとし唱《騷》,はじめこうこえ貌,しかのり也者,受命じゅめい於詩じん,而拓宇於《すわえしゃ也。於是荀況《れい》《さとし》,そうたまふう》《ひとし》,爰錫名號みょうごうあずか畫境がきょうろくつけいさお,蔚成大國たいこくとげきゃくぬし以首引,きょくごえ貌以きゅうぶん,斯蓋べつ原始げんしいのち厥初也。はた不文ふぶん,頗有ざつかんはつじん,循流而作,りく賈扣其端,賈誼其緒,まいうまほら其風,おうあげ、騁其ぜい,皋、ついたち以下いか品物しなもの畢圖。しげるせき於宣こう閱於なりしんこれせん有餘ゆうよくび,討其源流げんりゅうしんきょうすわえ而盛かん矣。わかおっときょう殿どのえんりょうじゅつぎょう敘志,并體こくけい義尚よしなおひかりだいすんでくつはし於唱じょまたあまり於總じょ建言けんげんしゅ引情ほん以理へんうつしおく文勢ぶんせいかんおっと荀結隱語いんごことよしふところそうはつ夸談,じつはじめいんうららまいじょううさぎえん》,舉要以會しんしょう如《上林うえばやし》,しげるるい以成つや;賈誼《鵩鳥》,致辨於情理じょうりふちほらしょう》,きゅうへん於聲貌;はじめけんりょう》,あきらあや以贍みやびちょう衡《きょう》,迅拔ひろしとみうんあまいずみ》,構深えらこれふう延壽えんじゅ靈光れいこう》,含飛どういきおい。凡此じゅういえ,并辭えい杰也。及仲せん靡密,はつへん必道;えら長通ながどおりはく逢壯さいふとおきあんひとしさく勛於おおとりぶんまわし衡、子安こやす,厎績於流せいけいじゅんあやぎぬたくみ,縟理有餘ゆうよ;彥伯梗概こうがいじょういん匱,またすすむくび也。はらおっと登高とうこうむねぶた睹物きょうじょうじょう以物きょう必明みやびぶつ以情睹,必巧うららうらら雅義まさよしさいしょうしょう,如組織そしきしなしゅむらさき玄黃げんこうぶん雖雜而有じつしょく雖糅而有,此立大體だいたい也。しか逐末儔,蔑棄其本,雖讀せんしゅ,逾惑たいようとげ使しげるはな析枝,あぶら腴害こつぬきふう軌,莫益勸戒かんかい。此揚所以ゆえんつい悔於雕蟲,貽誚於霧縠者也。

18 :
そうたま大言たいげんじょ》曰:すわえじょうおうすんでとううんこれだいいのちしょ大夫たいふけいから勒、そうたまとう并造《大言たいげん》,そつ而玉受賞じゅしょうかたり裥能ため小言こごとしゃくもゆめ而賦そつ,乃賜玉田たまだ

19 :
揚子ようこほうげん》曰:あるとい曰:「吾子あごしょう而好?」曰:「しか童子どうじ雕蟲篆刻てんこく壯夫たけお不為ふため詩人しじんうらら以則,じんうらら以淫。わかあなもん而用のり賈誼ますどうそう如入しつ。」

20 :
ちぇひろしじゅうろくこく春秋しゅんじゅう·みなみりょうろく》曰:禿かぶろはつ傉檀年始ねんしじゅうさんいのちため高殿たかどの》,したひつそくなりかげうつり。傉檀らん而善なずらえ於曹けん

21 :
またぜんしんろく》曰:苻堅えん群臣ぐんしん逍遙しょうようえん將軍しょうぐんこうたけ文官ぶんかんゆう洛陽らくよう年少ねんしょうしゃちょう不滿ふまん四尺而聰博善屬文,いんしゅ彤上《逍遙しょうようおどけいちへんけんらん而奇,曰:「此文あやぎぬせいうららちょうきょう儔也。」

22 :
西京にしぎょう雜記ざっき》曰:長安ながやすゆう虬亦ためつねためきよしおもえ》,時人じじんたか,虬乃たく以相如作,とげ大重おおしげ於世焉。
また曰:あい如將けんじ未知みち所為しょいゆめ一黃衣翁謂之曰:「ため大人おとな》,げん神仙しんせんこと,以獻じょう。」たまものにしきよんひき
また曰:司馬しばちょうきょう時人じじんみなしょうてん而麗,雖詩じんさく不能ふのう也。揚子ようこくも曰:「ちょうきょうしたがえ人間にんげんらい神化しんかしょしゅみみ。」くもがくしょう如為而不逮,みやびふく焉。
また曰:司馬しばしょう如為《上林うえばやし》、《きょ》,意思いししょうふくあずかそと相關そうかんひかえ引天錯綜さくそう古今ここんゆるがせしか而睡,煥然而興,いくひゃくにち而後なり。其友じんもりらん長通ながどおり,牂牁名士めいし,嘗問以作そう如曰:「ごう纂組以成文せいぶんれつにしき繡而ためしついちけいいちぬき一宮いちのみやいちしょう,此作あと也。しんつとくく宇宙うちゅう總覽そうらん人物じんぶつ,斯乃どく於內,不可ふかとく其傳也。」らん乃作《ごう組歌くみうた》、《れつにしき》而退,終身しゅうしんふく敢言さくこころ矣。

23 :
博物はくぶつこころざし》曰:おう延壽えんじゅいっ也。魯作靈光れいこう殿どのはつなりいっ其子曰:「なんじうつしじょうわれほしため。」ぶんこうとげ以韻うつし簡,其父曰:「此即こうわれかた及矣。」

24 :
さん國典こくてんりゃく》曰:ひとしおさむ以溫ます、邢邵不作ふさく,乃云:「かい須作はじめなりだいざいおもんみ以章ひょうもと,此同兒戲じぎ。」

25 :
文士ぶんしでん》曰:なに楨字もとみきあおりゅう元年がんねん天子てんしとくみことのり曰:「あげしゅうべつなん楨有文章ぶんしょうざいためし使さくもと》,なりふうじょうとくれい人見ひとみ。」楨遂づくりうえ甚異
また曰:とげかさりくうんさく逸民いつみん》,かさみ以為丈夫じょうぶ出身しゅっしん不為ふため孝子こうしそくため忠臣ちゅうしん,必欲たていさおだてさく為國ためくにおさむ輔,とげさくかんじん》以反うん

26 :
桓子《しんろん》曰:少時しょうじ揚子ようこうん麗文れいぶんだかろんりょう年少ねんしょう,猥欲迨及,ぎょうさくしょうようおもえぶとげき而立じりつ感動かんどう發病はつびょううんまたげんなるみかどじょうあまいずみみことのり使さく為之ためゆきそつ,暴倦。ゆめ其五臟出,以手おさむこれさとしだいしょうやまいいちさいあまりしょう好文よしふみうんこうためよくしたがえがくくも曰:「のう讀千のり善之よしゆき矣。」

27 :
ぶんてんろん》曰:いま文人ぶんじん魯國あなとおる廣陵こうりょうひね琳、山陽さんようおうつばら北海ほっかいじょみきちんとめ阮瑀、なんじみなみおう璩、東平とうへいりゅう楨,此ななしゃ,於學しょのこ,於辭しょかり。如粲はつせい》、《登樓とうろう》、《えんじゅ》,みきげんざる》、《卮》、《團扇うちわ》、《たちばな》,雖張、蔡不也。ひね琳、阮瑀あきらおもて書記しょきいま佯也。おう璩和而不たけしりゅう楨壯而不みつあなとおるからだ氣高けたかたえゆうひとしゃ

28 :
ぶん《臨渦じょ》曰:したがえじょうはいふん乘馬じょうばみずあい徉高じゅしたちゅううましょむちため《臨渦》。

29 :
せつ》曰:ひだりおもえふとしおきひとしこく臨淄じん也。さくさん》,じゅうねん乃成。もんにわせきみなおけ筆硯ひっけんぐうとくいちそく便びん疏之。なり時人じじんみなゆうそし訾,おもえ甚不愜。しめせちょうはなはな曰:「此二きょうさんしかきみぶんじゅう於世,むべ以示高名こうみょうこれ。」おもえ乃請じょすめらぎはじめ謐。謐見嗟嘆さたんとげためさくじょ。於是さきしょう訾者,莫不斂衽さんじゅつ焉。りく入洛にゅうらくほしため此賦,聞思さくなでてのひら而笑,あずかおとうとうんしょ:此間ゆう傖父ほっさくさん》,須其なりとう以覆酒甕さかがめみみ。及思ぜっ嘆服,以為不能ふのう也。
また曰:袁宏さく東征とうせい》,れつたたえこうしょめいとく而獨桓彝。ゆたか甚恨,嘗以といひろしひろし曰:「たかしくんしょうしたかん敢專。すんで遑啟,敢顯。」ゆたか曰:「きみよくなんため?」ひろし即答そくとううん:「ふう鑒散ろうあるさがせある引,雖可ほろびみち不可ふか殞。」ゆたか乃喜。またみちとうただしただしえびすやつ抽刃于曲しつとい袁:「きみうんなんゆるがせ?」袁急而答曰:「大道だいどう尊公そんこうなんこと?」いん曰:「せいきんひゃくねりざいわりのうだんこう以治みんしょくおもえしずからんちょうすな勛,ためしょさん。」えびすやつ乃止。

30 :
かねろううんりゅうきゅう玄好げんこうがくゆう文才ぶんさいため水仙すいせん》,時人じじん以為げんらくしん》;《擬古ぎこ》,時人じじんいい陸士りくし衡之りゅう也。いい水仙すいせん及《らくしん》,《擬古ぎこかち乎士衡矣。

31 :
《閩川名士めいしでん》曰:貞元さだもとちゅうもりみつぎ舉試《たまかえ合浦がつぽ》。進士しんしりんなり,憑幾かり寐,ゆめじんいい曰:「きみ甚佳,ただし恨未敘珠これなんじ。」さとる其草,乃足よん。其年擢第,しゃもりいい曰:「おもんみりんせい敘珠これわかゆう神助しんじょ。」

URN: ctp:taiping-yulan/587