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為氏ためうじほん源氏物語げんじものがたり系図けいず

出典しゅってん: フリー百科ひゃっか事典じてん『ウィキペディア(Wikipedia)』

為氏ためうじほん源氏物語げんじものがたり系図けいず(ためうじほんげんじものがたりけいず)は、系図けいず分類ぶんるいされる源氏物語げんじものがたり系図けいずひとつ。二条にじょう為氏ためうじによる書写しょしゃつたえられるため、この名称めいしょうばれる。ただし、本書ほんしょ書体しょたいためふう書風しょふうであるとはいえるものの、二条にじょう為氏ためうじ真筆しんぴつであるかどうかは不明ふめいである。

概要がいよう

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奥書おくがきに「みぎいちかん大納言だいなごん為氏ためうじきょう」とあり、箱書はこがきに「源氏物語げんじものがたり系図けいず 為氏ためうじきょうひつ」とあるため二条にじょう為氏ためうじひつとされ「為氏ためうじほん源氏物語げんじものがたり系図けいず」とばれる。二条にじょう為氏ためうじ真筆しんぴつであるかどうかは不明ふめいであるものの、ほん写本しゃほん書写しょしゃされた時期じき二条にじょう為氏ためうじ活動かつどうしていた鎌倉かまくら時代じだい中期ちゅうきくだらないとられる。きゅう前田まえだ家蔵かぞうげんみことけいかく文庫ぶんこぞう

源氏物語げんじものがたり系図けいずなかではもっと原形げんけいちかいとかんがえられるきゅうじょうほんくらべたときには、いくつかのてんではっきりとした増補ぞうほ痕跡こんせきみとめられる。池田いけだ亀鑑きかんは、この為氏ためうじほん源氏物語げんじものがたり系図けいずをそのような「増補ぞうほほん系統けいとう」の代表だいひょうてき源氏物語げんじものがたり系図けいずであるとして[1]九条くじょうほんせいよしみほんとともに代表だいひょうてき源氏物語げんじものがたり系図けいずひとつとして『源氏物語げんじものがたり大成たいせい 研究けんきゅう資料しりょうへん』(普及ふきゅうばんでは資料しりょうへん)に翻刻ほんこく収録しゅうろくしている。

内容ないよう

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全体ぜんたい構成こうせい

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ほん為氏ためうじほん源氏物語げんじものがたり系図けいず」は以下いかのような部分ぶぶんからっている。この構成こうせいおおくの源氏物語げんじものがたり系図けいず同様どうようのものである。

系譜けいふ部分ぶぶん

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系譜けいふ部分ぶぶん収録しゅうろくされている人物じんぶつかずは177にんである。この系譜けいふ部分ぶぶん収録しゅうろくされている人物じんぶつかず以下いかのように様々さまざま系図けいずについて調しらべ、人数にんずうじゅんならべてみると以下いかのようになる。

このように、為氏ためうじほん系図けいずの177にんという人数にんずうは、源氏物語げんじものがたり系図けいずなかもっと原初げんしょてき形態けいたいたもつとされるきゅうじょうほんおよきゅうじょうほん系統けいとうしょほんくらべるとかなりおおいものの、せいよしみほん天文てんもんほんほどの人数にんずうではなく、つね磐井いわい和子かずことなえた系図けいず収録しゅうろくされている系譜けいふ部分ぶぶん人数にんずうすくないほどふる原型げんけいちかいものである」とする法則ほうそく[2]てはめると、増補ぞうほされたとかんがえられる系統けいとうなかではもっとすくない系図けいずひとつであるとかんがえられる。

まき名目めいもくろく

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ほん系図けいず末尾まつびには以下いかのようなまき名目めいもくろくしるされている。

このまき名目めいもくろく以下いかのような特徴とくちょうつ。

  • ほんまきにのみまきじょ数字すうじっており、ならびのまきまきめいげてはいるもののまきじょ数字すうじっていない。これ自体じたいふる時代じだいまき名目めいもくろくによくられる現象げんしょうであるが、この目録もくろくでは若菜わかな上下じょうげかぞえずかつくもかくれふくまれていない。そのためにゆめ浮橋うきはしけられたまきじょ数字すうじならびのまきかぞえない場合ばあい通常つうじょうの「37」よりひとすくない「36」になっている。
  • 通常つうじょう宿木やどりぎ」とあるべきところが「かほとりやとりき」となっている。系譜けいふ部分ぶぶん記述きじゅつにも「やどりき」と「かほどり」が明確めいかく区別くべつしてしるされていることからこの系図けいずもとにした源氏物語げんじものがたりには「やどりき」と「かほどり」がべつまきとして存在そんざいしていたとかんがえられる。
  • ゆめ浮橋うきはしのちに「のりのし」、「すもり」、「さくらじん」、「ひわりこ」といった現在げんざい流布るふしている源氏物語げんじものがたりふくまれないまきめいをあげ、「これらはつねになし」と付記ふきしている。
  • 最後さいごに、「きりつぼからゆめ浮橋うきはしまでじゅうじょう」と通常つうじょうの54じょうより1じょうおおい55じょうというじょうすうしるしている。

識語しきご

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巻末かんまつ別紙べっしいで以下いかのような識語しきごしるされている。

  • みぎいちかん大納言だいなごん為氏ためうじきょう
    真跡しんせきゆう分明ふんみょう也為
    備後びんごしょう乞奥しょ
    不能ふのう而染うさぎ
    貞享ていきょうねんはちがつ廿にじゅういちにち
      羽林はばやしためつな

為氏ためうじほん系統けいとう

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池田いけだ亀鑑きかんはこの為氏ためうじほん系図けいずと、為氏ためうじほんちか内容ないよう系図けいずしょほん総称そうしょうして「為氏ためうじほん系統けいとう」と命名めいめいした。池田いけだ源氏物語げんじものがたり系図けいずとしてはほんといえるきゅうじょうほん系図けいずくらべたときに内容ないよう増補ぞうほされているおおくの系図けいずは、この為氏ためうじほん影響えいきょうけて成立せいりつしたものであって、この為氏ためうじほんきゅうじょうほんおよきゅうじょうほん系統けいとうしょほん)をのぞいた系図けいずほん位置いちするとかんがえたが、よりおおくの系図けいず詳細しょうさい調査ちょうさしたつね磐井いわい和子かずこは、池田いけだが「為氏ためうじほん系統けいとう特色とくしょく」としたもののなかには為氏ためうじほん系統けいとうなかでも例外れいがいおおかったりきゅうじょうほん系統けいとうため定本ていほんさかのぼとう為氏ためうじほん系統けいとうかぎられないものもおおく、九条くじょうほんぞくさない増補ぞうほほん系統けいとう系図けいずすべてこの為氏ためうじほん系図けいず影響えいきょうけているとはいえないとして、池田いけだ亀鑑きかんのいうような「為氏ためうじほん系統けいとう」は存在そんざいしないとしている[3]

翻刻ほんこくほん

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  • 池田いけだ亀鑑きかん編著へんちょ源氏げんじ系図けいず せいよしみほん」『源氏物語げんじものがたり大成たいせい まき7 研究けんきゅう資料しりょうへん中央公論社ちゅうおうこうろんしゃ、1956ねん昭和しょうわ31ねん)11月。 ISBN 4-12400-447-8
  • 池田いけだ亀鑑きかん編著へんちょ源氏げんじ系図けいず せいよしみほん」『源氏物語げんじものがたり大成たいせい だいじゅうさんさつ 資料しりょうへん中央公論社ちゅうおうこうろんしゃ、1985ねん昭和しょうわ60ねん)10がつ、pp. 179-213。 ISBN 4-1240-2483-5

脚注きゃくちゅう

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  1. ^ 池田いけだ亀鑑きかん源氏物語げんじものがたり系図けいずとその本文ほんぶんてき資料しりょう価値かち」『学士がくしいん紀要きようだい9かんだい2ごう日本学士院にほんがくしいん 1951ねん昭和しょうわ26ねん)7がつ、のち『池田いけだ亀鑑きかん選集せんしゅう 物語ものがたり文学ぶんがく 2』 至文しぶんどう、1969ねん昭和しょうわ44ねん)、pp. 226-284。
  2. ^ つね磐井いわい和子かずこ源氏物語げんじものがたり系図けいず研究けんきゅう笠間かさま書院しょいん、1973ねん昭和しょうわ48ねん)3がつ、p. 163。
  3. ^ つね磐井いわい和子かずこ系図けいずしょほんにおける増補ぞうほ実態じったい」『源氏物語げんじものがたり系図けいず研究けんきゅう笠間かさま書院しょいん、1973ねん昭和しょうわ48ねん)3がつ、pp. 108-134。

参考さんこう文献ぶんけん

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  • 池田いけだ亀鑑きかん本文ほんぶん資料しりょうとしての源氏物語げんじものがたり系図けいず せいよしみほん源氏物語げんじものがたり系図けいず」『源氏物語げんじものがたり大成たいせい 12 研究けんきゅうへん中央公論社ちゅうおうこうろんしゃ、pp. 185-187。
  • つね磐井いわい和子かずこ源氏物語げんじものがたり系図けいずしょほん でん二条にじょう為氏ためうじほん系図けいず」『源氏物語げんじものがたり系図けいず研究けんきゅう笠間かさま書院しょいん1973ねん昭和しょうわ48ねん)3がつ、pp. 204-206。