麦生むぎう本ほん源氏物語げんじものがたり

麦生むぎう本ほん源氏物語げんじものがたり（むにゅうぼんげんじものがたり）は、別べつ本ほんの本文ほんぶんを持もち、室町むろまち時代ときよ末期まっき（1546年ねん（天文てんもん15年ねん））の成立せいりつと見みられる源氏物語げんじものがたりの写本しゃほんである。現在げんざい44巻かん44冊さつが天理大学てんりだいがく天理てんり図書館としょかんに所蔵しょぞうされている。

概要がいよう

比較的ひかくてき揃そろった古伝こでん本ほん系けいの別べつ本ほんを持もつ写本しゃほんとして陽明ようめい文庫本ぶんこぼん、国くに冬ふゆ本ほん、御物ぎょもつ本ほん、保坂ほさか本ほん等ひとしと並ならんで名前なまえを挙あげられる写本しゃほんである。源氏物語げんじものがたり大成たいせい研究けんきゅう編へんの説明せつめいには26帖じょうとあり、26帖じょうのみが校異こういに採用さいようされているが、現在げんざい天理てんり図書館としょかんに現存げんそんするのは44巻かん44冊さつであり、明治めいじ時代じだい末期まっきの近藤こんどう清きよし石せきによる書写しょしゃ本ほんが44巻かん9冊さつであることから、池田いけだ亀鑑きかんの元もとにあった時期じきを含ふくめて少すくなくとも近藤こんどう清きよし石せき以後いごは44冊さつがまとまって伝来でんらいしていると考かんがえられる。帚木、末摘花すえつむはな、賢けん木き、蛍ぼたる、若菜わかな上じょう、若菜わかな下か、総角あげまき、宿木やどりぎ、東屋あずまや、手て習が欠かけている。各巻かくかん末まつに「天文てんもん十じゅう五ご年ねん書しょ之の　主しゅ麦生むぎう鑑かん綱つな筆ひつ」との記述きじゅつを持もつことから「天文てんもん十じゅう五ご年ねん奥書おくがき」本ほんあるいは近藤こんどう清きよし石せき以来いらい麦生むぎう鑑かん綱つなによる一いち筆ぴつ本ほんと考かんがえられ「麦生むぎう本ほん」と呼よばれてきたが、天理てんり図書館としょかんの司書ししょである岡おか嶌しま偉えら久子ひさこの調査ちょうさによって本ほん写本しゃほんは似にてはいるものの筆跡ひっせきの異ことなる複数ふくすうの人物じんぶつの手てになる写本しゃほんであることが明あきらかになった。これまで麦生むぎう鑑かん綱つな筆ひつ本ほんの根拠こんきょとされてきた「主しゅ麦生むぎう鑑かん綱つな筆ひつ」との記述きじゅつは現在げんざいでは麦生むぎう鑑かん綱つなのために書かかれたことを意味いみする記述きじゅつであると考かんがえられている。

伝来でんらい

本ほん写本しゃほんの最初さいしょの所有しょゆう者しゃである麦生むぎう鑑かん綱つな（むにゅう あきつな）は、九州きゅうしゅうのキリシタン大名だいみょうとしても有名ゆうめいな戦国せんごく大名だいみょう大友おおとも義鎮よししげ（大友おおとも宗麟そうりん）の有力ゆうりょく家臣かしん南志賀みなみしが家かの当主とうしゅ（一族いちぞく）である。麦生むぎう鑑かん綱つなは生涯しょうがいを戦たたかいの中なかに明あけ暮くれた戦国せんごく武将ぶしょうの一人ひとりであり、大友おおとも氏しが衰退すいたいしていく中なかで大友おおともと対立たいりつしていた島津しまつ氏しに寝返ねがえり最終さいしゅう的てきには自刃じじんして果はてたとされる。天文てんもん十じゅう五ご年ねんは麦生むぎう鑑かん綱つなが20歳さいの年としにあたる。その後ご本ほん写本しゃほんがどのような運命うんめいをたどったのかは不明ふめいである。現存げんそんする写本しゃほんには山口やまぐち県けん都濃つの郡ぐん富田とみたの人ひと「石田いしだ義よし智さとし」（通称つうしょう順じゅん作さく）の旧きゅう蔵くらとされ、「周しゅう芳かおる国こく都と怒いか郡こおり富とみ田郷たごう石田いしだ義知よしとも文庫ぶんこ印しるし」が押おされている。この他ほかに岡本おかもと勇蔵ゆうぞうの蔵書ぞうしょ印しるしと見みられる「幾久いくひさ迺舎」も押おされている。

1909年ねん（明治めいじ42年ねん）本ほん写本しゃほんは山口やまぐち県けんの史家しか近藤こんどう清きよし石せきの所蔵しょぞうとなる。近藤こんどう清きよし石せきは本ほん写本しゃほんが当時とうじの流布るふ本ほん（青あお表紙ひょうし本ほん）とも、また本ほん居きょ宣長のりながによって『源氏物語げんじものがたり玉だまの小しょう櫛くし』で示しめされた河内かわうち本ほんの異い文ぶんとも異ことなる点てんの多おおい特異とくいな写本しゃほんであることを知しり、1910年ねん（明治めいじ43年ねん）1月がつ31日にちから翌年よくねん5月がつ6日にちにかけて本ほん写本しゃほん全巻ぜんかんを書写しょしゃしており、このとき写うつされた写本しゃほんは山口やまぐち県立けんりつ図書館としょかんの近藤こんどう清きよし石せき文庫ぶんこに現存げんそんしている。この時点じてんで近藤こんどう清きよし石せきによって「麦生むぎう本ほん」と呼よばれるようになっている。昭和しょうわ初期しょきに阿おもね里さと莫本と相あい前後ぜんごして東京とうきょうの古書こしょ籍せき商しょうの元もとに現あらわれ池田いけだ亀鑑きかんの元もとに入はいり、校異こうい源氏物語げんじものがたり（源氏物語げんじものがたり大成たいせい校異こうい編へん）に写本しゃほん記号きごう 「麦むぎ」として26帖じょうの校異こういが取とられた。当時とうじ池田いけだが作成さくせいした目録もくろくには本ほん写本しゃほんが「天文てんもん十じゅう五ご年ねん奥書おくがき本ほん」として「河内かわうち本ほん系統けいとうの諸しょ本ほん」、「青あお表紙ひょうし系統けいとうの諸しょ本ほん」、「青あお表紙ひょうし・河内かわうち本ほん以外いがいの系統けいとうの諸しょ本ほん」の三さんヶ所かしょに掲載けいさいされている。その後ご戦時せんじ中ちゅうに阿おもね里さと莫本とともに行方ゆくえ不明ふめいになったとされたが、戦後せんご古書こしょ籍せき商しょうである弘文こうぶん荘そう反町そりまち茂雄しげおの手てを経へて天理てんり図書館としょかんに入はいり現在げんざいも天理てんり図書館としょかんの所蔵しょぞうとなっている。

本文ほんぶん

池田いけだ亀鑑きかんは『源氏物語げんじものがたりに関かんする展観てんかん書しょ目録もくろく』では本ほん写本しゃほんを「天文てんもん十じゅう五ご年ねん奥書おくがき本ほん」として「河内かわうち本ほん系統けいとうの諸しょ本ほん」、「青あお表紙ひょうし系統けいとうの諸しょ本ほん」、「青あお表紙ひょうし・河内かわうち本ほん以外いがいの系統けいとうの諸しょ本ほん」の三さんヶ所かしょに掲載けいさいしており、本ほん写本しゃほんを全体ぜんたいとしては複数ふくすう系統けいとうの本文ほんぶんを合あわせ持もった「取とり合あわせ本ほん」であると認識にんしきしていたと考かんがえられる。また池田いけだは『源氏物語げんじものがたり大成たいせい研究けんきゅう編へん』では本ほん写本しゃほんを阿おもね里さと莫本とともに別べつ本ほんの中なかでも「注釈ちゅうしゃく的てき意図いとを持もって扱あつかわれた写本しゃほん」の「傾向けいこうを持もつかもしれない」としているが、その根拠こんきょは不明ふめいである。岡おか嶌しま偉えら久子ひさこは、巻まきによって本文ほんぶんの性格せいかくは様々さまざまに異ことなり、澪標みおつくしなどは青あお表紙ひょうし本ほんであるとする一方いっぽう別べつ本ほんの中なかでも巻まきによって陽明ようめい文庫本ぶんこぼんに近ちかい本文ほんぶんを持もつ巻まきや国くに冬ふゆ本ほんに近ちかい本文ほんぶんを持もつ巻まきを持もっているとしている。

池田いけだ亀鑑きかんによって別べつ本ほんの対たい校本こうほんとして校異こうい源氏物語げんじものがたり（源氏物語げんじものがたり大成たいせい校異こうい編へん）に採用さいようされた巻まきは桐きり壺つぼ、空蝉うつせみ、薄うす雲くも、少女しょうじょ、玉鬘たまかずら、初音はつね、胡蝶こちょう、野分のわけ、行幸ぎょうこう、真木まき柱はしら、梅枝ばいし、藤ふじ裏うら葉は、柏木かしわぎ、横笛よこぶえ、鈴虫すずむし、夕ゆう霧きり、御法みのり、幻まぼろし、匂におい宮みや、紅梅こうばい、竹たけ河かわ、橋はし姫ひめ、早蕨さわらび、浮舟うきふね、夢ゆめ浮橋うきはしであり、現存げんそんするにもかかわらず対たい校本こうほんとして採用さいようされなかった巻まきは夕顔ゆうがお、若紫わかむらさき、紅葉こうよう賀が、花はな宴えん、葵あおい、花はな散ち里さと、須磨すま、明石あかし、澪標みおつくし、関屋せきや、絵合えあわせ、松風まつかぜ、朝顔あさがお、常夏とこなつ、篝火かがりび、藤袴ふじばかま、椎本しいのもとになる。岡おか嶌しま偉えら久子ひさこの分析ぶんせきによると、池田いけだ亀鑑きかんが校異こうい源氏物語げんじものがたりにおいて本ほん写本しゃほんを対校たいこう本文ほんぶんとして採用さいようしなかった巻まきは、ほぼ純粋じゅんすいな青あお表紙ひょうし本ほんや河内かわうち本ほんであると見みられる本文ほんぶんを持もつ巻まきの他ほかに、どちらかといえば別べつ本ほんであるとはいえるものの、青あお表紙ひょうし本ほんや河内かわうち本ほんに近ちかく、これらとの混こん態たいを示しめす別べつ本ほんに属ぞくすると考かんがえられる巻まきも除のぞかれているという。

現在げんざいまでのところ、本ほん写本しゃほん単独たんどくでは影印本えいいんぼんや翻刻ほんこく本ほんは作成さくせいされていないものの、校異こうい源氏物語げんじものがたり及および源氏物語げんじものがたり大成たいせい校異こうい編へんにおいて池田いけだ亀鑑きかんが別べつ本ほんであると判断はんだんした巻まき26帖じょうが対校たいこう本文ほんぶんに採用さいようされており、また『源氏物語げんじものがたり別べつ本ほん集成しゅうせい』では底本ていほんに採用さいようされている陽明ようめい文庫本ぶんこぼんが別べつ本ほんでないとして外はずされた巻まきのうち紅葉こうよう賀が、花はな宴えん、明石あかし、絵合えあわせ、松風まつかぜ、初音はつね、藤袴ふじばかまについては本ほん写本しゃほんが底本ていほんに採用さいようされており、その他たの巻まきでは対たい校本こうほんとして採用さいようされており、現存げんそん44帖じょう全部ぜんぶを確認かくにんすることが出来できる。

類似るいじした本文ほんぶんを持もつ写本しゃほん

以下いかのような本ほん写本しゃほんと近ちかい本文ほんぶんを持もった写本しゃほんの存在そんざいすることが指摘してきされている。

• 阿おもね里さと莫本

  阿おもね里さと莫本源氏物語げんじものがたりは、阿おもね里さと莫神社しゃ旧きゅう蔵くらとされる源氏物語げんじものがたりの写本しゃほんで、本ほん写本しゃほんと同おなじく別べつ本ほんを多おおく含ふくむ取とり合あわせ本ほんであり、本ほん写本しゃほんと相あい前後ぜんごして現あらわれ共どもに一時期いちじき池田いけだ亀鑑きかんの手てにあって校異こうい源氏物語げんじものがたり（源氏物語げんじものがたり大成たいせい）に校異こういが一部いちぶ取とられた後のち池田いけだ亀鑑きかんのもとを離はなれて、現在げんざいは天理てんり図書館としょかんの所蔵しょぞうする写本しゃほんである。阿おもね里さと莫本と麦生むぎう本ほんとは成立せいりつ時期じきも離はなれておりどちらかがどちらかを写うつしたものであるなどといった直接ちょくせつの関係かんけいは無ないものの、同おなじ祖そ本ほんから出でたと見みられる程度ていどには近ちかい関係かんけいにあると見みられる本文ほんぶんを持もっている。

• 中京大学ちゅうきょうだいがく本ほん

  現在げんざい中京大学ちゅうきょうだいがくに所蔵しょぞうされている若菜わかな上下じょうげ、橋はし姫ひめ、総角あげまき、早蕨さわらびの5帖じょうのみ現存げんそんする五ご冊さつ本源ほんげん氏し物語ものがたりの本文ほんぶんと本ほん麦生むぎう本源ほんげん氏し物語ものがたりの本文ほんぶんとは、上記じょうき阿おもね里さと莫本源氏物語げんじものがたりよりもさらに近ちかい関係かんけいにあり、五ご冊さつ中ちゅう四よん冊さつの筆跡ひっせきは本ほん写本しゃほんの一部いちぶを写うつしている人物じんぶつと同どう一人物いちじんぶつと見みられるなどの点てんから見みて直接ちょくせつの書写しょしゃ関係かんけいまたは同一どういつの本ほんから書写しょしゃされた関係かんけいにある写本しゃほんであると考かんがえられている。なお、中京大学ちゅうきょうだいがくにはこの別べつ本ほんの本文ほんぶんを持もつ五ご冊さつ本ほんのほかに「大島おおしま河内かわうち本ほん」や「中京大学ちゅうきょうだいがく河内かわち本ほん」とも呼よばれている54冊さつからなる源氏物語げんじものがたり大成たいせいに大島本おおじまほんの名称めいしょうで校異こういが収録しゅうろくされている河内かわうち本ほんの本文ほんぶんを持もった大島おおしま雅太郎まさたろう旧きゅう蔵本ぞうほんもあり、これも「中京大学ちゅうきょうだいがく本ほん源氏物語げんじものがたり」と呼よばれることがある。

参考さんこう文献ぶんけん

• 大津おおつ有一ゆういち「諸しょ本ほん解題かいだい　天理てんり図書館としょかん蔵くら麦生むぎう本ほん源氏物語げんじものがたり」『源氏物語げんじものがたり事典じてん下巻げかん』東京とうきょう堂どう、p. 141。
• 岡おか嶌しま偉えら久子ひさこ「源氏物語げんじものがたり麦生むぎう本ほん その基礎きそ的てき研究けんきゅう」源氏物語げんじものがたり別べつ本ほん集成しゅうせい刊行かんこう会かい『源氏物語げんじものがたり研究けんきゅう』第だい1号ごう、桜さくら楓かえで社しゃ、1991年ねん（平成へいせい3年ねん）5月がつ
• 藤井ふじい日出子ひでこ「源氏物語げんじものがたり総角あげまきの巻まきの中京ちゅうきょう大本おおもと・阿おもね里さと莫本の本文ほんぶん--匂におい宮みや・中なかの君きみ像ぞうの造形ぞうけいをめぐって」中京大学ちゅうきょうだいがく国文こくぶん学会がっかい『中京ちゅうきょう国文学こくぶんがく』第だい21号ごう、2002年ねん（平成へいせい14年ねん）、pp.. 86-101。
• 藤井ふじい日出子ひでこ「右大臣うだいじんと左大臣さだいじん--中京ちゅうきょう大本おおもと・麦生むぎう本ほん・阿おもね里さと莫本における夕ゆう霧きりの官位かんい表記ひょうきをめぐって」中京大学ちゅうきょうだいがく国際こくさい教養きょうよう学部がくぶ/中京大学ちゅうきょうだいがく国際こくさい教養きょうよう学部がくぶ論叢ろんそう編集へんしゅう委員いいん会かい編へん『国際こくさい教養きょうよう学部がくぶ論叢ろんそう』第だい2巻かん第だい1号ごう（通つう号ごう3号ごう）、2009年ねん（平成へいせい21年ねん）、pp.. 64-61。